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「君の眼はあまりに可愛ゆし」裏


ある日の勉強中、玉森くんは急に筆を止めて、
ゴ褒美ガ欲シイと俺に訴えてきた。
その真剣な顔があんまり珍しかったから、
つい流されて「ダメ」と一言返してしまった。
もし笑顔で申し出てきたのなら、
望み通り罵倒の言葉をいくらでも浴びせていたろう。
「ダメ」なんて言葉は俺にしては優しすぎる打ち消しだ。
しかし玉森くんもさすが怠惰の化身なだけあって、
暇をもらうためには必死になる。
こんな時だけ知恵を絞って、俺に第二波をぶつけてきた。
既に券を買ってきたと言うんだ。

破られることを恐れたのか、
玉森くんは最後まで俺に券を渡してはくれなかった。
だから自分が何を観に帝国劇場にやってきたのかもわからないし、
とくに興味もなかった。

そうして開演日である今日を迎え。
幕は上がり。
幕は降り。
ウィリアム・シェイクスピアの「オセロー」は、終演した。

「なにこれ?」
「な、なにこれって、」
なにこれ。
かの有名な四大悲劇の一つじゃないか。
「君は俺に、
 陽気ナ丸ノ内ニアル
 陽気ナ帝劇ノ
 陽気ナ鑑賞券ヲ買ッタカラ、
 陽気ナ舞台ヲ見ニ行コウ、
 って言ったよね」
「あ、あぁ…」
「どこが陽気だったかな」
「よ…陽気ではなかったな、」
玉森くんは半券を取り出すと、苦笑いで肩を揺らした。
…あらすじとおおまかな顛末は俺ですら知っている。
玉森くんはなんの前知識無しに、この悲劇に挑んでしまったようだ。
でなきゃこんな放心状態になるはずない。
わざわざ券を買ってまで観たかった舞台だ、
さぞ、笑顔でいると思ったのに。
「……」
…いいや、そう言うことか。券は誰かからの譲り物ってところかな。
「にゃはは…」
「帰ろうか」
立ち上がって服を正し。
未だ椅子にめり込んだままの玉森くんに手をさしのべる。
待っていたみたいな不遜な態度で、
彼は俺の手を取った。


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帝国劇場を出てすぐに、丸の内の喧噪に包まれる。
人混みの五月蠅さとはまた違う、
車やビルヂングの光が見せる視覚的な五月蠅さだ。
そういえばビルヂングの内部には美味い洋食屋があるって玉森くんは言っていた気がする。
さっきから袖を引っ張ってくるのは誘導のつもりなんだろう。
それより俺は、早く帰って君のご飯が食べたい。
そんな心地で玉森くんを見れば、
彼は餓えた視線で俺を見つめていた。
食べ物の話をするのはよそう。
「オペラを観るのは初めてって、言ってたよね」
「え!?あぁ」
「マシな趣味、見つけたんじゃない?」
奇傑ゾロとは違ってmetaphorに富んでるし。
シェイクスピアなら受験で問われることもある。
君のためになることは間違いない。
「だが私がシェイクスピアを観るのはこれが最後だろう」
「どうして?」
「四大悲劇とは聞いていたが、ここまで救いがないとは…」
「馬鹿が馬鹿なままでいる理由がわかったよ」
「おい、」
俺たちは城の中庭にいた。
玉森くんの装いはムーア人・オセローのそれで、俺は旗手・イアゴの装いだ。
我ながら妥当な役回りだろう。
幻想に身体を慣らすつもりで歩いていれば
草の感触に紛れて、何か弾力性のある物を踏む。
そいつの瞳があんまり綺麗だったから、
視線の先を俺も見上げた。
さっきの物語も、満月だったな。
イアゴの妻・エミリアは、デスデモーナにこう問われる場面がある。
『全世界をくれるという男がいたら、今の男を捨てられるか』
それに対するエミリアの返答は、『もちろん』だった。
「正直者は馬鹿だ、って話だ」
「川瀬さん痛い~…」
「正直者は正直者を信じる。…けど、賢い奴は正直者のふりをする」
「賢い奴?」
「正直者を操って、自分の目論見通りに動かすことができる人間のことさ」
「?」
「賢い奴に食われたくなかったら、まず正直者から疑うんだね。
 そして自分は正直者になるなって話だ」
「正直者の何が悪い」
「さっきの物語で馬鹿な正直者が何人死んだ?」
「えぇっと……全員、だな」
「そういうことなんだよ。
 人に信頼されたかったら、正直すぎない方が良い」
「かと言ってェ、お口の悪いヒトが好かれているのを見た事がありません~」
足裏がもごもごとくすぐられる。
俺は殺すつもりでそいつの尻に剣をねじ込み、月明かりに晒した。
「君は誰彼構わず好かれたいの?悪い奴にも平等に?」
「〜…私はそんなことを語るためにお前と舞台を観に来たのではない。
 感想を語り合いたいのだ」
「感想ね」
「オセローの黒と、デスデモーナの白の対比が美しいとか。
 実はイアゴの野郎、オセローが好きだったんじゃないかとか…」
「理解しろとは言ってないさ。
 君がこの暗喩を理解出来なかったってことは、受け付けなかったってことだ。
 そこを説いて伏せようなんて気はない」
「……、」
「18年も一緒にいて、俺の気持ちに気づかなかった君らしいなと思って。
 それが俺の感想だよ」
正直者になれない奴がいることも、
そいつが裏で何かと煩慮していることも。…少しは察して欲しいね。

いまだきょとんとしている玉森くんの顔を見ていられなくて。
というのも吹き出してしまいそうで、
俺は中庭を出た。
城下へ続く道の途中、玉森くんは俺をのぞき込むようにして隣を歩む。
俺はなるべく分かりやすいように、少ない言葉を選んだ。
「デスデモーナがオセローに信じてもらえなかったのは、
 彼女がいつも、本当の事を話しすぎたからさ」
「…、」
「大事な言葉は、発するごとに効力を失うから」
あの物語は、
オセローとデスデモーナが愛し合いすぎたゆえの悲劇なんだ。
「悲劇は悲劇だった。だが心躍らなかったわけではない。
 冒頭、オセローが語る冒険譚には私も心惹かれたぞ!」
突然歩みを弾ませたかと思うと、俺を追い抜いて、やけにご機嫌に語り出す。
…オセローが奴隷として売られていた話。
放浪する旅の中でたどり着いた洞窟、荒野、岩山の話。
人食い人種の話。
肩下に顔がある人種の話…。
「……」
どうやら玉森くんは、オセローが語った他愛ない冒険譚が印象に残ったらしい。
何も重要じゃない、誰も気に留めぬであろう一場面だというのに。
俺の白い目に、砂嵐が吹き付ける。
気がつくと俺たちは荒涼たる岩場を歩いていた。
服は奴隷が纏う布きれ一枚。
「だいたいお前は深読みしすぎなのだ」
「……」
「そうですよぅ。娯楽くらい、肩の力を抜いて楽しんで!」
いつの間にか蛙も隣を歩いている。
二人がかりで何を諭そうと言うのか分からないけど、俺は変わらず笑ってみせた。
「十分楽しんでるけどね」
「じゃあもっともぉっと力を抜いてくださいな」
「そういうことだ川瀬!悲しみは重く、喜びは軽い。底は漁らず、上澄みをすすれ」
「そぉだ!玉森さんの言う通りっ!」
「……」
役者になったつもりか、俺の視界を飛び回る彼ら。
彼らの不思議な誘いに、どんどんどん大地を進んでいく。
ふと振り返れば、城は遠い。


「ところで玉森くん。俺たちは今、どこにいるんだろう」


その瞬間、その一言で、玉森くんの幻想が溶ける。
俺たちはいつの間にか歓楽街に入り込んでいた。
…丸の内にもこんな場所があったのか。
先を歩いていた玉森くんが、ふと立ち止まる。
そして青ざめた目で、俺にカバンを見せつけてきた。
「底、抜けてるね」
「にに、荷物が…!!さ、財布が…!」
「……」
その驚きようが意外に見えた。
この道を見つけたのは玉森くんだ、
てっきり「その気」で迷い込んだふりをしているのかと思ったけど。
どのみち道に迷ったのは事実だ。
…ポケットから財布を取り出して、現金を数える。
タクシーを拾い、真っ直ぐ家に帰る金は十分だ。
けれどはらはらと俺を見つめる玉森くんを見ていたら、
ついこの状況に興じてみたくなった。
「……ご丁寧だ」
「…!!」
「別の場所に小金を隠しておいて良かった。…煙草もね」
「そんな……」
今にもへたり込みそうになる玉森くん。
「にゃはは、にゃは……」
「笑いな。盗人は人の笑顔が嫌いだから」
するとその通りに、壊れたように笑い出す。
玉森くんは古い物を大切にするように見えて実はケチなだけだ。
だから新しいカバンをあげればすぐ機嫌を直すだろう。
俺も不機嫌なフリをして、煙草を咥えてマッチを擦る。
けど何度やっても火は付かず、またかという気分で空を見上げた。
雨が降ってくる。
とたんに通りは慌ただしくなって、
みなせかせかと店に駆け込んでいく。
ただの口実じゃあないか。
蛙も朗らかな顔で雨を喜び、かと思えばパタンと道に倒れ込む。
「君も眠い?」
「多少、歩き疲れたな」
「それなら宿を探そう」
「こんなところで……?」
玉森くんは辺りを見渡して、不安そうな顔をする。
…本当に本当に、無自覚でここに来たみたいだ。
やっぱり相当の鈍感男だと思う。
「いっそ引き返すか?」
「いいや」
「?」
脇道に視線を向ける。
その奥には、色町にしては控えめな建物が建っていた。



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宿の扉を開けると、騒々しい鈴の音が鳴り響く。
間もなく受付に爺が現れて、俺の顔をまじまじと見つめてきた。
それを無言で圧すれば、
今度は玉森くんの方へ視線を向ける。
玉森くんはふらふらと歩き回っていて、
なかなか顔をこちらに見せない。
「……、」
爺は身を乗り出してまで、玉森くんの顔を見ようと必死だ。
この爺、客の顔を見て商売を決めているようだ。
玉森くんの横顔だけで満足したのか、
いそいそと受付の中に出戻っていった。
そして壁に掛けていた鍵を取り、何も変わらず階段を上っていく。
「玉森くん、行くよ」
「!」
犬みたいに振り返る。
宿が見つかって嬉しいはずなのに、
彼の表情はいまだ曇ったままだった。



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爺が案内したのは、この宿の最上階、三階の一室だった。
ゴユックリと言われて落ち着ける部屋の様相じゃない。
「…どぎつ、…すぎないか」
ダブルベッドに大きな椅子、壊れた照明。
窓から差し込む光は赤く淫らだ。
玉森くんはその光を受けて、頬を染めてしまっている。
部屋の狭さも男二人には窮屈で、
行き交えばふいに手が触れることも間違いない。
…おかしな部屋だ。
俺はジャケットから手袋を取り出すと、
不自然に配置された家具に触れていく。
どこか探れば誰かと目が合ってしまいそうな気がする。
とにかくさきほどから、俺は嫌な視線を感じていた。
ふと振り返ると、絵画の男がこちらを見ている。
それから今度は玉森くんの視線に気がつく。
俺の挙動が異様だったようで、安心させるためにもひらりと笑って見せた。
手袋を外し、ベッドの端に座り込む。
バネの具合も、想像通りだ。
「あんまり安いから、どんな部屋に案内されるのかと思ったけど。まぁ妥当だ」
「…良かったな」
「どうしたの?こっちおいでよ」
「……」
ぽんぽんと隣を叩いて呼び寄せる。
玉森くんは居心地の悪そうな顔して腕を組み、いまだ扉の前に突っ立っている。
目が合えば視線をそらされる。
俺がベッドでしたいこと、さすがの玉森くんでもわかるか。
「何かやましい気持ちでもあるの?」
「やっやましい気持ちなど…」
「…それともこの関係、まだ慣れない?」
「!」
恋人だと言うと玉森くんは友人だと修正する。
けど毎晩抱き合って眠る二人を友人と呼ぶ奴はいないだろう。
俺の期待を余所に、
顔を膨らませたままの玉森くん。
すたすたと歩き出したかと思えば、俺の向かいの椅子に腰掛けた。
窓の向こうの花街を、じっと眺めるふりをしている。
…そう言えば、どこかに泊まるなんて初めてだった。
「!」
俺が立ち上がるだけで、玉森くんは目を見開く。
そのびびりな反応を、俺はいつも可愛いと思う。
肘置きに真正面から手をついて、戸惑う口元に吐息をかける。
…この椅子も二人で座るにちょうど良い大きさだ。
あの爺も粋なことをしてくれる。
「ぉぉおおおかしな気分になるんじゃない!」
「俺は冷静だよ。君を逃がさないようちゃんと計算してる」
「逃がさない計算って……」
このまま玉森くんの大好きなキスをして、
じっくりその気にさせてあげるのもいい。
……だけどなんだか、今日の俺の心はじれている。
ソレを問えば面倒なことになるだろう。
なのに玉森くんを困らせたい気持ちを我慢できない。
…せめて毒の効きがゆるやかになるように。俺は婉曲な会話を心がけた。
「君はさっきの舞台で、誰に共感できた?」
「…意図かわからん。何が言いたいのだ」
「正直なオセローとデスデモーナと、欲望にだけ正直なイアゴと」
「私が馬鹿なのは、お前が一番わかってるだろう。
 …回りくどいことはやめてくれ」
君がそう言うんじゃ、仕方ないか。
「今日の鑑賞券くれたの…誰?」
「!」
「自分で買ったんじゃあないでしょ?…あんな上等な席、君のお小遣いで足りるかな」
案の定、困ったように震える青い瞳。
俺は逸らさず、じっと見つめ続けた。
「嘘ついたほうがいいか?」
「つくならちゃんと、俺にも見抜けないヤツを頼むよ」
「……、」
俺はイアゴだから。下手な嘘は大嫌いだ。
「奥さんだ。奥さんからもらった。……。…水上経由で」
「……」
「水上からもらったと言えばお前は…、一緒に行ってくれないだろう?」
「そうだね」
「な…?」
不思議なことに、ホッとしている俺がいた。
もし知らない奴からの贈り物だったら、こんな気持ちにはならなかったろう。
玉森くんはまだ何か弁解しようとしている。
さすがにこれ以上いじめてあげるのは気が引けて、
黙らせるつもりで口づけをした。
思ったよりも、乾いた唇。
潤すつもりで唾液を逃し込めば、彼は従順に飲み干した。
…その反応がいちいち愛おしくて。ついつい舌を、噛んでしまう。
「!」
ごめんと謝りたい気持ちはあるのだけど、
あんまり可愛すぎる玉森くんが悪いんだ。
だからもっともっと、悩ませてあげたくなる。
「俺はイアゴに共感するよ」
「か、川瀬」
「隠し事は上手に隠してくれ。じゃないと俺がどうするか、わかるでしょ?」
「……、」
どんな手段を使ってでも、君を閉じ込めてしまいたくなる。
「こっ、ここでするつもりか…!?」
「そんな気分だ」
玉森くんのボタンにも手をかけてあげれば、すぐさま両手で制止される。
「こんなところでしたら隣に……!」
「君が我慢すればいい話でしょ」
「川瀬、まっ、待て……!」
胸先や鎖骨まで火照らせて、その癖待テとは白々しい。
……玉森くんは正直者だから。
鑑賞券を貰った時、喜んだのかな。
あいつの前で、無防備にさ。
玉森くんはいちいちそこらへんの脇が甘いから、
ちょっとお灸を据える必要があるかもしれない。
…のど仏に唇を当てて、きつくきつく吸い上げた。
しばらくしてから身体を離し、少し遠目からその痕を眺めてみる。
「首飾りみたいだ」
「ひどい話だ…!」
「本当はもっとひどいことしてあげたいんだよ、」
「あげなくていい!」
「それじゃあいつも通り優しくしてあげるから。
 …口、開けて」
「…、……」
顎を掴んで、顔を上に傾ける。
玉森くんは頬をもごつかせて、戸惑いつつも結局口を開いた。
…なんて可愛いんだろう。
キスする度に、そう思っている。
もっと焦らしてあげるつもりだったのに、
俺はたまらず彼の腹に触れてしまう。
それからこの手を滑らせて、ズボン越しに彼の性器に触れる。
キスだけで感じるなんていじらしくて、何より素直な反応が、嬉しいと思う。
「!」
もっと先へ進もうと、この手に少し力を込める。
すると玉森くんは足を引き上げて、俺との間に壁を作った。
「…、お、終わりだ。今日は、その、ここまで……」
「お高いなぁ君は」
「昨日もしただろ…」
「……」
「…お前は橋姫が自分に戻る機会を作りたいだけだ。
 違うか?」
「俺のために身体開いてるつもりなの?」
「!」
尻をゆっくり撫で回す。
それから今度はなるべく優しい手つきで、玉森くんのそれに触れた。
身を縮こまらせて、信じられないと言った顔で俺を見つめてくる。
俺の大好きな困り顔だ。
「こんなことさんざんしても、何も変わらなかったでしょ」
「!!」
「だって君の方がハマっちゃってるんだから」
「!…心外だ……!」
「じゃあ今日も試してみようよ」
「…!」
中指を、身体の底に押し当てる。
…玉森くんの可愛いところは、叩けばすぐに響くところだと思う。
嫌だ嫌だと言いつつも、触れてしまえば赤くなる。
それにもう全身から力が抜けて。
俺がズボンを引き抜くことに、抵抗する力も無くなっている。
「!?」
二人用の椅子だけど、俺が上だと動きづらい。
玉森くんを抱きかかえて、今度は俺が椅子に座る。
彼は目を回しつつも、俺の望むことに気づいたようだ。
「腰下ろして、自分でいれて」
「!」
「俺のためにさ」
俺もはち切れそうなほど昂ぶっている。
玉森くんはそれを見て、眉根をひそませた。
…いつもはなんでも食ってかかってくるくせに、
こんな時だけしおらしくなる。
弱った目で俺に訴えかける玉森くん。
何も言わずに見守ってやれば、彼はゆっくり身体を起こした。
「……、」
自分自身の指で、俺を受け入れるために穴を広げる。
そうして俺の性器をつつみ、あとは体重に任せて腰を落としていく。
…俺たちの間にはいくつか約束があって、
その一つが目をそらさないことだった。
「…、…!」
俺を飲み込んで行くにつれ、反り返っていく玉森くんの性器。
健気な姿がまた一層愛おしくて、髪を撫でて甘やかしてしまう。
「ぜ、全部……はいった…、」
ぐたりとこの胸にもたれて、俺に上目で訴える。
「でも目の色は変わらないね」
「……、」
「…自分で動きたい?」
おそらく玉森くんは無意識に、腰を前後に揺らしている。
俺の亀頭を自分の大好きな奥の奥に当てて。
大好きなゆっくりとした速度で。
彼はもはや羞恥を捨てて、こくこくと頷いた。
「もっと動いていいんだよ」
「でも……、」
「いいこにできるなら」
隣の部屋を気にする玉森くん。
そんな迷いも一瞬で、もたれていた上体を起こす。
両手の平を見せれば、絡みつかせるように繋いできた。
俺の手を支えに、身体を上下に弾ませる。
…世界中で俺しか知らない玉森くんがそこにいて。
彼を独占しているという事実が、俺の心をなにより満たす。
「綺麗だ」
「かっ…かわせ、……、」
「本当はいつも、そう思ってるんだよ」
本当は何億回だって伝えたいんだ。
だけど言葉には効力があるから、これまでずっと押し殺してきた。
……俺の気持ちは、ちゃんと伝わってるのかな。
今だって夢中で腰振って、俺の話なんか聞いてない。
「川瀬っ……、いきたい、」
「我慢して」
「!」
玉森くんの手を引いて、俺の身体にもたれさせる。
軽い身体を抱き上げると、そのままベッドに彼を運んだ。
「!!」
より深く、挿入していく。
君ばっかり気持ちよくなったんだから、
今度は俺がよくなる番だ。
「ぁっ……そ、そこ…!」
「だめ?」
「だ、だめだ……っ!」
「だめならやめる?」
「…!」
「正直者なら、どうしてほしいかちゃんと言って」
何度も言うけど、俺は玉森くんの困った顔が好きだ。
いつまでもキスに慣れないとことか、
すぐ上気する顔とか。
今だって困らせるつもりで言ったのに、玉森くんは俺に向かって両手を伸ばす。
「……もっと、して欲しい、」
もっとって何。
して欲しいことって、何。
…いじめる言葉が渦巻いて、けど自分自身の欲には勝てなくて、
俺は結局身体を倒した。
ぎゅっと抱きしめられる。
それと同時に、玉森くんの身体もきつく締まる。
「いつもより、興奮してる?」
「そっそんなことは……!」
「君って恥ずかしいの好きだから…たまには外も良いかもね」
「…!?」
それこそ青空の下でヤったら、玉森くんはどんな反応をするんだろう。
今だってこんなにとろけきってるのに、
これ以上堕ちることなんてあるのかな。
…見てみたいと思う。
「いっ、いきそう、…!」
「いいよ、出して」
呼吸に混じるあえぎ声を、キスで封じる。
玉森くんの呼吸を奪いながら、律動をさらに早める。
苦しそうな顔をする玉森くん。
「…!!」
「いって、」
構えていた俺の手の平に、余さず射精する。
その瞬間に彼の身体がびくびくと締め付けてきて、
俺も高揚を抑えきれなかった。
…呼吸と汗とで、身体中が汗ばむ。
玉森くんはいまだに真っ赤な顔をしているので、
火照りを冷まそうと身体を離す……つもりが。
彼の足が俺の腰に絡んで離さない。
まだしたいのと、顔中にキスを落としていく。
すると鬱陶しそうに顔を背け、それから足を解放してくれた。
「川瀬…、聞こえてしまったかな、」
「……」
「隣…」
横になりつつ、口を尖らせてそう問う玉森くん。
俺はその肩や脇腹に痕をつけながら、嫌な返しをしてあげた。
「聞こえてるかもね」
「だ、だが。静かなのは寝てるということだよな」
「そうであって欲しい?」
「当たり前だろ!で、でなきゃ……」
「聞こえてたら、どうする?」
「…」
「耳を澄ませて息を殺して、こっちの音を聞いてる奴がいるとしたら」
「っ気味の悪いことを言うな…」

「だから直接聞いてみよう」
「へ…?」

ベッドを降りて、ジャケットを拾う。
その中から手袋を取り出して、隣の部屋の壁に近づく。
「お、おい…?」
壁に掛けられた絵画を外し、玉森くんの手に渡す。
絵画にしては安い重さに、玉森くんもこれがreplicaだと気づいたみたいだ。
「ん?目に穴が空いてるぞ」
「のぞき穴だ」
「!?」
絵画の裏の壁にも、同様に穴が空いている。
その穴の向こうに目をこらせば、案の定隣の部屋が見える。
ただあんまり暗すぎるから、向こうに何があるかは確認できない。
だからまずは、この壁を取り外す必要がある。
壁の蹴れば、四辺から鈍い音とともにホコリが舞った。
「説明しろ川瀬!!」
「床の模様がここで不自然に途切れてる。しかもこの壁だけ木の板でできている。
 …何かあるんじゃないかと思ったけど」
「ってことは川瀬…お前、さ、最初から……」
壁を支える根幹の、何かが外れる音がする。
壁を軽く突き放すと、それはゆったりと隣の部屋に倒れ込んだ。
「!!!」
隣の部屋に家具はなく、壁は綺麗に倒れ込む。
ただ目に見える異常として、部屋の隅に爺が立っていた。
そして爺の傍らには、たいそう高価な撮影機が置かれている。
…倒した壁を踏みしめながら、俺はゆっくりと爺に近づく。
「それ、ミッチェル撮影機だ。なかなかいいモノで撮ってくれたんだね」
「……!」
「…どうしようかな、警察呼んじゃおうかな」
「それだけは…!」
「でも悪い奴はさばかれないと、」
俺しか知らない玉森くんを、この爺も知ってしまったわけで。
すると俺の中の悪い奴が、こいつを殺してしまえと簡単に物をいう。
するともう一人の悪い奴が、君も実は期待していたじゃないかという。
…ぱたりと、玉森くんがベッドに倒れる音がした。
「い、良い笑顔をしてますな…。役者に向いてるよ……」
「この映像、今すぐ再生してくれる?
 そのウデ次第で、あんたの裁量を決めて上げるよ」
「…!」



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



爺はかつて、盗人だったという。
空き巣の最中に家主が帰ってくる事態があり、
急いで屋根裏に隠れたんだという。
その時意図せず夫婦の営みを覗いてしまい、
自分の性癖を思い知ったという。
盗人として得た収入で、ついには自分の宿を持ち。
ついにはミッチェル撮影機を導入するに至ったのだと語ってくれた。
やっとなんだと。
やっと手に入れた幸せなんだと。
見逃して欲しいと。
その悲しい命乞いを聞いて、俺は豚箱送りを決断した。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「…んで、まずカーテンを閉めてください」
とある日の正午。
俺はその少年に言われるまま、居間の中を歩き回っていた。
「そっちも。そこダメ、光漏れてます」
「……」
「そんで、次はコッチ。ここにフィルムをセットして、この歯車を手動で回す」
「面倒くさいね」
「自動で回るようこれから調整するんで。……お兄さんはどっか行ってください」
「どうして、見学させてよ」
「企業秘密なんで!!」
「それじゃあ仕方ないね」
部屋を出て行くふりをして、ふいに振り返って見る。
すると三條くんはぎょっとした顔になり、それからまた作業に戻るフリをした。
…俺が離れている隙を狙って、部屋を物色する気なんだろう。
玉森くんの記憶によると、彼は俺の池田さん殺しを疑う不正規連隊の一員だという。
俺は台所に立ちながら、彼の読み上げた「ミゼラブル・加東くん」を思い出していた。
珈琲をカップに注いでいると、
そのうち天井からドタドタと物音がする。
「……、」
玉森くんが起きたようだ。それなら二人分、珈琲を作らないと。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


居間に向かえば、玉森くんの背中が見える。
部屋の前で呆然と立ちすくんで、俺の気配にも気づいていない。
「どうだい調子は」
「!!」
そんな彼の横をすり抜けて、机の上に珈琲を置く。
三條くんに目線をやれば、彼は不服ながらも仕事をまっとうしてくれた。
「へーい。いー感じっすー。あとはソチラさんでやってくださいねー」
「ご苦労さま」
俺も機械に弱いわけじゃないが、
やはり職人の仕事は早く、なにより安心できる。
なかなかの働きぶりに感謝を込めて、三円としていたところを五円握らせた。
三條くんは一瞬瞳を金貨色に輝かせる。
それから俺を憎い相手と思い出し、イっと歯を剥きながら居間を飛び出していった。
そうして次に、玉森くんと目が合う。
「おはよう玉森くん。昼まで寝るとは良いご身分だね」
「ど…どういうことなのだ、川瀬」
ふらふらと窓辺に近づくと、カーテンの隙間に首を突っ込む玉森くん。
「なぜあいつらの仲間を家に入れたのだ……!」
「映写機を手に入れたのはいいんだけど、どうしても動かせなくてね。
 彼なら詳しいかと思って」
「あぁのな。帝都中がお前をheroと思って居る!だがあいつらは…!って、」
前に回せば物語は進み、後ろに回せば巻き戻される。
長い前戯をすっ飛ばし、玉森くんの理性が崩壊するところから俺は鑑賞を始めた。
「お…お……!!!」
「このフィルムだけこっそりもらってきたんだ」
「な、…なんで……?」
「もったいなくて」
「ばっ、馬鹿、なのか……!?」
「結構綺麗に映ってるね。窓の明かりで輪郭がくっきりだ」
「やめろ!!!今すぐ止めろ!!」
映写機を壊さんと飛んできたので、その腕を掴んで椅子に座らせる。
「…!!」
…その時丁度、玉森くんの上気した顔が壁一面に映し出された。
玉森くんも同様に、ボッと音を立てて赤くなる。
「よ、よく平然と……珈琲が飲めるな、」
「君の分もあるよ。砂糖一杯のやつだ」
「にゃはは……」
「ねぇ玉森くん」
「なんだ…」
「撮影機、買おうか」
「はぁ!?にゃはは…!?いい一体全体、何に使うつもりだ……!?」
頬の赤さ。
首筋の白さ。
潤んだ目元の輝き。
白黒の無声映像なのに、極彩色より美しく見える。
「青空を撮ってみたくなったんだ」
…正確には、君と青空を。
でも俺は、そうとは決して口にしない。
馬鹿な正直者になりたくないから、俺は今日も本心をひた隠す。
「!」
言葉にはしないけど、
甘えたいつもりで玉森くんの膝に頭を乗せる。
揺れる玉森くんを見ていたら、また彼への愛しさを思い出してきた。
「玉森くん。綺麗だ」
「……」
…今のはきっと、一昨日の俺の声だ。

 

そういうことにして欲しい。



 

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