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「無限に利く望遠鏡」裏

暗闇の中。
僕は痛みで目が覚めました。
静かに触れ合う金属音が聞こえて、隣には玉森くんが眠っています。
僕の左目はもう見えないはずなのに、
これは一体どうしたことでしょう。
そのうちようよう思い出してきて。
僕が今、夢から覚めたことを知りました。

「起きたの?」
「はい、」

玉森くんにつきっきりの川瀬くんは、
僕を流し見てそう言います。
硝子製の綺麗な目玉を、玉森くんにはめ込んでいる最中でした。
「出てって。気が散るから」
「はい」
慌ただしそうなのに穏やかな声で、川瀬くんは手引きしてくださいます。
僕がいることで彼が気分を害して、
玉森くんの手術が失敗したら元も子もありません。
「部屋で待っています。そう、お伝えください」
僕は小さく会釈をして、手術室をあとにしました。

灯りも入れていないのに、
部屋全体がまぶしく見えます。
窓を開ければ今年最初の秋風に当たりました。
風は木々に次の季節を教え、明日には衣を代えるよう囁いているようです。
凌雲閣は秋晴れの空を刺して、今日も真っ赤に塗れていました。
僕は玉森くんからとても大切な物を頂いたのだと知りました。
涙が溢れるのは何故でしょう。
心嬉しいはずなのに。世界はこんなにも鮮明に祝福してくれているのに。

僕は玉森くんが、今まで見知った彼でないことを知っています。
僕たちは橋姫について口にしたことはありません。
けれどその力を、橋姫の名を知る者として、
彼が別の世界からやって来たのだと察するには余りあるものでした。
彼が未来を体験し、悲しい出来事に触れてきたのだと。

それを知りたいと、願いました。
君に何があったのか、僕は君に何をしてしまったのか。
…僕は、黙することを選びました。
彼の嘘に気づかなかったふりをして、
このままなだらかな日々を過ごすことを選んだのです。
そしてまた、玉森くんが玉森くんらしく暮らせますようにと。

ですが僕は今、全てを知りました。
玉森くんが見てきた記憶が。この左目に映って見えました。
感情に色があったならこの涙はきっと七色に染まっていることでしょう。
玉森くんが僕に尽くしてくれる理由の赤。
玉森くんが本当に愛する人の、青。

玉森くんに宿っていた橋姫が、僕の中の橋姫に、
記憶を繋いでくれたのです。

「……、」
玉森くんの靴音が聞こえてきました。
慌ただしくて、くすぐったくなる可愛い音色です。
秋風に部屋が冷えないよう窓を閉め、
僕は左目の涙を拭いてから、硝子窓にいつもの微笑みを浮かべてみました。
振り返れば彼はもうそこまでやって来ています。
玉森くんの左目には、僕と同じ黒い眼帯が添えられていました。
「どう、ですか」
「問題ありません。ほら、こんな動かせますよ」
「良かった…。川瀬の腕は本物だ」
「えぇ。彼は素晴らしい外科医です。
 途中、僕の麻酔が一時的に切れてしまった様な気もしましたが、勘違いでしょう」
不思議そうに眉をひそめる玉森くん。
彼に痛みがなかったのなら、僕も一安心です。
「!」
ふと、部屋の入り口に川瀬くんがやってきました。
手術着をその場に脱いで、
扉にもたれると僕を見つめて言いました。
「全額、現金で、俺に手渡しに来い」
「は、はい。その約束でしたね」
治療費として要求されたのは、氷川家の財産三分の一でした。
問題なのはその受け渡し方法です。
「週明けには。
 でも車一台に収まらないかも知れません…」
「だったら何度も往復して池田邸まで来るんだ」
「そんなに博士を困らせたいか、意地悪なやつめ」
「何その態度…。あぁ、寄生虫が宿主を心配するのは当たり前かぁ」
「なんとでも言え」
「け、喧嘩しないでください。
 それより川瀬くん。こんな僕のために尽力してくださって、ありがとうございました」
川瀬くんは気だるげに目を下げて、何も言わずに部屋を後にしました。
彼は僕のことがお嫌いなのでしょう、
その溝を僕に埋められるとは思いません。
玉森くんという大切な友達を傷つけてしまったことは、
謝って許されることではありません。
許されようとも、思いません。
申し訳ない気持ちでいると、玉森くんは真剣な顔で僕をのぞき込みました。
「お礼は言わないほうがいいんですよ」
「えぇ?」
「ちゃんと対価は支払うのだ。だからあんまりあいつに貸しを作ったように思わせたくない」
「でも…」
「私と川瀬はそう言う関係なのです」
玉森くんは僕から離れると、ベッドの端に腰掛けました。
僕はなるべく笑顔でいましたが、
僕の不安が彼にも移ってしまったようで。
どうしたものか、懐疑的な目を向けられてしまいました。
「この指、ちゃんと見えますか」
「はい。三本立っています」
「これは?」
「四本と三本」
それから玉森くんは、
右手の中指と人差し指を立て、甲に左手の拳を置きます。
「えっと……茶摘み農家?」
「いいえカタツムリです」
僕を楽しませてくれようとする彼が、一層愛おしくなります。
ですが僕は左目に移る残像をまだ受け入れられずに、
どうしてもうまく笑うことが出来ませんでした。
「回復祝いには何が欲しいですか?」
「祝いだなんて…」
「私にできることならなんでも言ってください」
「僕の方こそ君に感謝の気持ちを…」
「必要ありません、だって当然のことですから」
「当然の…、」
その気持ちは、僕への罪悪感によるものなのでしょう。
玉森くんはまだ、僕に縛られ続けているのです。
「本当に…。……僕で良かったんでしょうか」
「……、」
つい僕の本音が漏れそうになった時、電話のベルが鳴りました。
「私が…」
「僕が出ます」
…あぁ、この憂いを隠さなければ。
せめて玉森くんの前では明るく振る舞わなければ。
泣くことは一人でも出来ます。
笑うことは、二人でなければ出来ませんから。
すっきり頭を切り換えて、受話器を取ります。
相手は僕の苦手な陸軍上層部の人間でした。
声を耳にしてすぐ嫌気が差した僕でしたが、
わずかずつ、彼の言葉が頭に入ってきました。

平和賞。
推薦。
僕たちの、研究班が。

電話は彼の明るい声で切られました。
それからだんだん心の奥底が震え始め、
思わず玉森くんの肩を掴んでしまいます。
術後の痛みも忘れて、目を見開きました。

「玉森くん、どうしましょう…!」
「!?」

悲報でも吉報でもありません。これは、僕たちへの朗報です。


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僕は今年、かねてより研究していた対地震兵器イザナギを完成させました。
地震兵器イザナミの研究を玉森くんに打ち明けたところ、
危ナッカシイと一蹴されたので仕様変換したものです。
それが今日、「兵器」という冠を外され、
イザナギとして世界に知れ渡ることとなりました。

イザナギは現在、日本だけでなく世界でも稼動しています。
とくに地震多発地帯であったサガルマータの麓での研究結果がめざましく、
その噂がイギリスの研究者を通して偉大なる某学者に伝わったと聞きました。
それがきっかけとなって、某平和賞への推薦を得たというのです。
イザナギの力だけでなく、
軍備を平和利用したことも評価された点でした。

これも全て、僕を一蹴してくれた玉森くんのおかげなのです!


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朗報があった翌日の昼、
陸軍の手配した使用人たちがやってきました。
室内全てに光が入り、二階のダンスホールもぴかぴかに磨かれていきます。
調理場や談話室まで使用人の手が入り、長年のホコリが拭き取られていきました。
かつて砂山たちから聞いた、氷川邸の隆盛を思い出します。
壁の蛇の目も、今日はにっこり微笑んでいるように見えました。

夕方にもなると、僕を訪ねて客人が集まってきました。
玄関ホールで引き留められて、気がつけば逃げ道を失ってしまいます。
ふと目線を泳がせていれば、階段上に玉森くんを見つけました。
僕は彼に呼ばれたふりをして、かろうじてうまく切り抜けます。
玉森くんは廊下まで逃げてくださって、
僕に退路を作ってくれました。

「呼ばれたフリをして、逃げてきました」
「あまり相手にしない方がいいです」
「…開発費を出し惜しみしたくせに、今更自分の手柄にしようなんて」
「これからはもう、陸軍に頼る必要はないんじゃないですか」
「そうですね。
 研究所を独立させてしまうのもいいかもしれません、」
兵器でなくとも、ましてや壮大なものでなくとも、
玉森くんは僕の発明を面白いと言ってくださいました。
そう言ってもらえるだけで僕は、他に何も要らないのです。
僕はまた玉森くんに救われたことを思い出して、彼の手をとります。
すると照れ屋な彼は頬を膨らまし、そっぽを向いてしまいました。
「それと博士……。
 アレ、絶対に使用しないでくださいね」
「?」
「今日はあなたの大事な日なので」
「え、ま、まさか、今日も、し、してくれているんですか…?」
「…日課、ですから」
「あぁあ!!!」
「いいですか、あなたの名誉のためです!
 万が一ばれて、おかしな研究家だと思われたくないでしょう」
「ご心配ありがとうございます!」
玉森くんは僕の小指に小指を絡めますと、
素早く切ってこの場を立ち去ります。

「どこに行かれるんですか!」
「部屋でしばらく休んでいます」
「今日はずっと、僕のそばにいて欲しいです」
「……、」
「だめ、ですか?」
「私は研究員でもないですし、あなたの近くにいるのはおかしいでしょう」
「ですが…」
「今日の主役はあなたなんですから。
 私のことは気になさらず」
「…わかりました、」
玉森くんは僕から遠ざかっていきます。
本当はまだ、お話ししたいことがあったのに。
ですが僕は女中に呼ばれてしまい
僕は名残惜しく玉森くんの背を見つめ、
それから静かに伏せました。


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僕は長らく、この氷川邸に一人で過ごしておりました。
砂山と一剣を失ってからは誰もこの家に入れる気がなくなって、
さながら僕は思い出の中に生きる亡霊のようなものでした。
玉森くんがくれた左目の記憶は、それは不思議なものでした。
僕はなぜか若い砂山と一剣に囲まれて、
三人でこの家に暮らしているのです。
不思議なことです。
なぜなら僕も、彼女たちに整形と延命手術を勧めたことがあったから。
彼女たちは若く美しい時間を女中として過ごしました。
氷川家に奪われた時間を、僕は返したかったのです。
けれど彼女たちは僕の願いには応じてくれず、静かに息を引き取りました。
一人残された僕は、後悔しました。
何故、無理矢理にでも手術を施行しなかったのか。
彼女たちを生かせるのは僕しかいなくて、
僕には彼女たちしかいなかったのに、と。

もしかしたら玉森くんは、僕が選ばなかったもう一つの世界から、
やってきてくれたのかも知れません。
そしてこの左目の記憶は、
その世界が間違っていたことを教えてくれました。
…手元にある大切な物に気がつかず、
欲し続けてばかりいたことの、欲深さを。
玉森くんの幸せより自分の幸せを求めていた、ずるさを。

ですが嬉しかった。
僕はどの世界でも、君と出会える運命だなんて。


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ワルツがかかると、舞踏会が始まりました。
僕の隣にいた口うるさい上司も、
綺麗な女性に手を取られ渦の中に飲まれていきます。
みんな、昨日まで僕のことなど知りもしなかったはずなのに、
僕の方を見て笑顔を向けてくれます。
僕はその光景を見て、サガルマータの夜を思い出していました。
山間にはイエティという雪男がいると聞いて、
僕たち研究者は眠れぬ夜を過ごしました。
ふとテントの外に出るとイギリスの研究者たちが望遠鏡をのぞいて、
星空を観察していました。
僕はその時初めて星と地球の距離を知り、果てしない空の高さを知ったのです。
星は一つ一つ違う輝きがあり。瞬きがあり。
それと同じ景色が今、僕の目の前に広がっています。
玉森くんの目はダンスホールの隅々まで見渡せて、
笑顔を数えることだって出来ました。
この星の一つになれたなら、僕はなんて幸せ者なのでしょう。

玉森くんに会いたくなりました。
今すぐに、彼にこの想いを伝えたくなりました。


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僕はこっそりホールを抜け出して、三階の部屋に向かいます。
そこは僕の発明品置き場であり、異国のお土産置き場でもありました。
ethnicな香りが、辺りを漂っています。
異国のランプを灯すと、玉森くんの姿がぼうっと浮かび上がります。
「た、玉森くん。こんばんは……」
眉根を吊り上げて、怒った顔で僕に近づいてきます。
そうして僕の胸ぐらを掴むと、ぐらぐらと揺らし始めました。
彼が怒るのも無理はありません。
僕はあれほど止められていた張り形のスイッチを、押してしまったのですから…。
「玉森くんが見当たらなくて、その、これで呼び出そうと…」
「だからってこんな時に!!!」
玉森くんは僕の想像するより怒ってらっしゃいます。
「何考えてるんですか…!!!」
「実は僕もスイッチをなくしてしまって、困ってるんです……」
「嘘つけ!!」
「予備のスイッチも見つかりませんか?」
「……ッ、」
僕の頬を打とうと、玉森くんの右手が上がります。
ですが彼はゆっくりとその手を下ろし、
最後は僕の胸にもたれかかりました。
暖まった吐息が、僕のシャツに染みていきます。
そして少し辛そうに、自身の下腹部に手を添えました。
「…今も、少し……動いてます」
「……、」
僕の性器を完璧に型どり縮小した張り形が……。玉森くんの中で動いている……。
たったのその一言で、僕の本体はそわそわと目覚め始めました。
「もう…、許してください」
目元を赤らめた姿は、発情しきった美しい獣のようです。
僕には人をいじめて興奮する嗜虐性はありません。
ですが快楽に、珍しく弱る彼の姿に、僕の芯はさらにさらに硬くなります。
…今すぐにでも抱いてしまいたい。
また暴走しそうになる心を抑えるため、僕はまぶたを閉じました。
「!」
玉森くんの背を抱き、彼の右手をとり。
薄く聞こえるワルツに耳を澄ませながら、
僕はゆっくりとステップを踏み始めます。
ネパールの美しい情景が浮かんで。
玉森くんにも見せたかった文様が。色が。僕たちの周りを取り囲みます。
彼にもきっと、僕の幻想が見えていることでしょう。
「僕が身体を寄せたら、君は後ろに引いてください」
「……、」
「お上手です。そうして僕が引き寄せたら、どうぞこちらへ」
玉森くんは僕のステップに合わせ、すぐに上達していきます。
喜ばしい成長なのに、玉森くんは僕を睨んで歯ぎしりをしてらっしゃいます。
「今は舞踏会の最中でしょう…!」
「そうです。だからここには、誰も来ません」
「!、!」
今は外のことなど忘れてください。
そんな心地で、僕はスイッチの震えを強めます。
ズボンのポケットに入れたスイッチを、
玉森くんに押しつけて操作します。
押しつけすぎたせいかあらぬ部分を押しつけてしまい、
玉森くんはついに足を止めてしまいました。
「…いい加減にしてください…!」
「何のことでしょう、」
「張り形のことです……!!!」
「ですから僕も、スイッチをなくして困っているんですよ」
「……っ、」
「お辛いなら、僕がここで抜いて差し上げましょう」
玉森くんを抱き上げて、部屋の隅にあった椅子にお座りさせます。
疲れ切った玉森くんは、従順な目で僕を見上げました。
「ズボンを下ろして、後ろを向いてください」
「はっ、博士……、」
「ひどいことはしませんよ
 夜まで抜かないという約束…守ってくれたお礼です」
睨むその目が、今にも熱で溶け出しそうなほど潤んでいます。
玉森くんは僕の目を見つめたまま、ゆっくりと身体を反転させました。
そして椅子の上に膝を立て、背もたれに手を預けながらズボンを引き下ろします。
…玉森くんの身体ほど、美しいものはあるのでしょうか。
まるで白桃のようにみずみずしく透明感のある肌。
その秘部から垂れる赤い糸があまりにも扇情的で、
かつ仏の垂らす糸のように慈悲深く、
僕の胸は背徳感で一杯になります。
その尻に顔をうずめて舌で味わい、その紐をいっそ食べてしまいたい。
そんな欲求を唾液とともに飲み込んで、代わりに全ての思いを一言に詰めました。
「お綺麗です……」
「早く抜いてください……、」
いつも玉森くんは、僕に見つからないように張り形を抜いてしまいます。
こんなにも美しい光景を、僕の手で壊してしまって良いのでしょうか。
恐る恐る糸に触れて、ゆっくりと指に絡めていきます。
糸はしっとりと、玉森くんの体温で濡れていました。
僕が糸を引く度に、玉森くんの秘部がひくつきます。
玉森くんの唇と同じ色をしているのに、こちらの口は正直者です。
僕はスイッチをこっそり床に落とし、
足先で強弱を調整しながら張り形を動かします。
秘部はますますひくついて、玉森くんも小さく声を出し始めます。
僕は後ろから抱くように寄り添って、
片手を彼の胸に手を這わせました。
すると指先にたまたま、偶然、彼の乳首が当たってしまいます。
…ゆっくりゆっくりこね回し。
シャツの上からわかるほど、乳首を柔く尖らせます。
「余計なことっ……!」
「でも君の乳首、こんなにふっくら…」
玉森くんは恥ずかしいことが大嫌いです。
でも僕はどうしても彼に自分の美しさに気がついて貰いたくて、
つい情景を口にしてしまいます。
勃ち上がった乳首をぷるぷると揺らせば、鬼のような横顔で睨まれました。
「抜けって言ってるんです…っ!!し、下も押し戻すな!」
「君が吸い上げているんですよ、…あぁほら、また……」
僕が糸を引いているのに、張り形をぐんぐん飲み込んでいく玉森くんの身体。
指でかき出そうとすれば、奥へ奥へと迷い込んでしまいます。
そのうち指が追いついて、逃さないように彼の内側に押しつけながらひいていきます。
そして僕の知る玉森くんの秘部で、
うっかり振動を最大限まで強めてしまいました。
「ッ……ば、か!!!」
前立腺への刺激とともに、乳首をきつく絞ります。
それでも声を押し殺す健気な玉森くんに、僕も少しずつ我慢が出来なくなってきました。
「どうぞなじってください……っ、」
僕は余計なことばかり言ってしまうから、
この想いをどう口にしたらいいかわかりません。
…どんなときでも、君に君らしくいて欲しい。
ただ、それだけなんです。
「っ……、…!?」
玉森くんの身体が弓なりに反ります。
絶頂を向かえる一歩手前で、僕は張り形を抜きました。
玉森くんの身体で暖められたそれを、
僕は手の平に載せてじっくりと眺めました。
「…見ないでください…!」
「なぜですか…?」
本当は口に含んでしまいたかったけれど、
僕は手の平ごしに頬ずりするだけに留めました。
うつむいているかと思えば、僕の足元のスイッチを見つめています。
僕は慌てて物陰に蹴りましたが、
彼はそれ以上不機嫌になることはありませんでした。
「…今日はあなたにとって……大事な日のはずです。
 こんなこと、間違ってると思いませんか」
「今夜は君を抱こうと決めていた日なんです。
 特別なことではありません」
今日はたくさんのお客さまが来ています。
もちろんその中には水上くんたちも。
…きっと、玉森くんは嫌がると思った。彼らのいるこの邸宅ですることは、
この上ない不義理でありますから。
でも実際は……。
渋りながらも身体を火照らせ。
さきほどは僕の指をあんなに美味しそうに、
あんなにいやらしい音を立てて……。
「君も、ずっと僕が欲しかったんですね…、」
「…!」
「あぁ、愛しいです。なんて素直で…なんて、あぁ……」
「まっ、待て博士…!」
玉森くんの声が弾んでらっしゃいます。
いつもは大きな僕のモノを受け入れるため、「心の準備」をする時間をもうけていますが、
今日はどうしても待っていられません。
亀頭で秘部をこじ開けて、ゆっくり根元まで沈めていきます。
「っぁ、……!」
「…、」
張り形でも指でも届かない、玉森くんの最奥を突きます。
それから静かに腰を回し、僕の露を彼の中に擦り込みました。
「さっきより君の中…、熱くなって……!こんなに、僕のことを…!」
「うるさいッ……!」
このままとろけて、一つになってしまいそうです…。
根元をきつく締め付けらながら、
性器全体をぎゅうぎゅうと押しつぶされます。
それもだんだん彼の熱が絡みついて、
円滑に腰を動かせるようになってきました。
外からワルツの音色が聞こえてきます。
玉森くんにもこの旋律を覚えて貰いたくて、
僕は音に合わせてたおやかに打ち付けました。
「わかりますかっ…今、君の大好きなところ……、ごりごりしていますよ…、」
どんなに乗り気でなくとも、
僕が性器の裏を擦るだけで、彼は一瞬でとろけてしまいます。
指や舌で愛撫されるのも大好きな彼ですが、
このように乱れてくれるのは僕の身体だけです。
「…い…っ、いちいち…!」
「でも報告しないと……っ、
 玉森くん、おぉ、怒ってしまうから……!!」
「……っ!!」
喉奥で、ますます可愛らしい声を上げる玉森くん。
「許して、ください……っ」
「っ!…!……!」
音楽の旋律から遠く外れているのに、律動を止められません。
外に漏れ聞こえてしまうほど、卑猥な音が響きます。
異国の香りと玉森くんの香りに包まれて、
僕の美意識が、だんだんと溶け出していきました。
「博士っ……、もう…!」
「あぁっ…、いきそう、なんですね…!」
「……っ!」
身体がさらに火照りだして、
きゅうっと根元が締め付けます。
「どうぞっ僕の手に……お出しください……!!」
包むようにして玉森くんの性器に触れます。
すると彼は我慢できずに、僕の手の平の中で射精を向かえました。
さらりとして匂いはなく、けれど某原液のような濃さをしています。
舐め取ることに、もちろん抵抗はありません。
玉森くんは急な倦怠感に襲われたようで、
ぐったりと椅子に倒れ込みます。
僕はとっくに彼の中に出していましたが、
いまだに勃ち上がったままです。
……ただ、もう彼に負担をかけようなんてつもりはありません。
「たた玉森くん……」
「なんですか…?」
「まだ収まりそうもなくて……」
首をかしげる彼の前で、僕は用意していた「本題」を取り出しました。
「実はこの前…また新しい張り形を作ったんです」
「…!?」
「今夜は君に試して貰いたくて…」
玉森くんの顔に、ずいっと張り形を寄せます。
これもまた僕のモノを象ったモノで、
細部まで作り込んだ上感触まで再現した、最高傑作です。
それゆえ恥ずかしさがこみ上げてきて、つい顔を覆ってしまいます。
指の隙間から玉森くんを見れば、
彼はまじまじと見つめています。
それは草や木や、なんでもない日常を見つめる視線と変わりありません。
かと思えば、うんざりした顔でため息をつく玉森くん。
僕は彼を驚かせたくて、急いで張り形のスイッチを押しました。
するとどうでしょう、張り形が蛇のようにくねり始めます。
「蛇腹構造になっているんです…!
 使用した感想をお聞かせください」
「聞いてどうするんですか…」
「改良に改良を重ねます!」
もっともっと玉森くんに驚いて欲しくて、もう一段階、うねりを強めます。
するとどうでしょう、今度の張り形は水草のように、なめらかに揺れ始めました。
ですが玉森くんはうんともすんとも言ってくれません。
むしろ彼は張り形越しに、冷たい目を僕に向けています。
「絶対に嫌です」
「えぇ…」
「はい」
どうしてでしょう、こんなに気持ちよさそうなのに。
「どうしても?」
「はい」
僕は断られる度、玉森くんを昂ぶらせたくて
一段一段と速度を上げていきます。
応酬が十回を超えた頃でしょうか。
早すぎる余り炎の芯のように揺れていた張り形が、
爆発しました。
小さな爆風と火花を伴って、
僕の手元からすっかりいなくなってしまいます。
「あ、あれ!おかしいな、あれれ!」
「……」
「そう言えば上限速度を設定していませんでした、」
「……」
玉森くんは、真っ直ぐに僕を見つめていました。
急用を思い出して一歩引き下がった瞬間、
彼は僕のネクタイを掴み、僕の身体を引き寄せました。
「あはは……」
「……」
笑いだけは許されるのかと思い、
僕はまた微笑みました。
すると鵜を吊るような手際で、僕の首を締め付けます。
「うぅっ!」
「私の中で爆発していたら、どうしていたんですか」
「うう、う……」
「答えろ、」
「僕が責任をとって…!一生君を、養います!」
「そんなのは大前提でしょうが!!」
「た、玉森くん…!」
「嬉しそうにするな!!」
玉森くんの額に血管が浮き上がります。
かと思えばその小さな手で、僕の急所を握りつぶしました。
「あっぁッ!!」
一瞬目の前が暗転し、次に目覚めた時、僕は膝を落として震えていました。
…ですが。僕は泣きたいほど嬉しかった。
「!?」
すくりと立ち上がってみせれば、驚きを見せる玉森くん。
僕のこの表情が、玉森くんにとって意外だったようです。
急所を潰されそれでも微笑んでいられる男は、
僕から見ても怖いです。
ですがここまで全て、僕の計画通りだったのです。
「それで良いんです、玉森くん」
「なっ、」
「それでこその玉森くんですよ」
おめでとうと抱きしめたいくらいです。
「実は僕、この一ヶ月間君を怒らせるようわざと仕掛けていたんです」
「……」
「小型の張り形を毎日つけるようお願いしたのもそうです」
「……」
「ね、他にも色々思い当たる節はあるでしょう」
「嘘を吐け」
「嘘なんかじゃありませんよ。全ては君に君らしく過ごして欲しいためで…」
突然胸を切りつけられて、
僕はよろめいた末、尻餅をついてしまいます。
どうして、と問いかけようともすれば、
玉森くんは僕に馬乗りになって言いました。
「怒っている私が、本当の姿だと良いたいんですか!」
「そういうことでは…!」
「…わ、私だって…!!」
僕の胸ぐらを揺らす玉森くん。
それは怒りや悲しみからくる物ではありませんでした。
「優しくありたいんです…!」
「!」
「……、」
玉森くんが僕に優しい理由。
僕の左目に、玉森くんが見た未来の僕が映ります。
…玉森くんは、ずっと一人でこの気持ちを背負ってきたのでしょう。
この目を手にするまで気がつかなかったなんて、僕は鈍感すぎました。
そっと上体を起こして、彼の鼻先にそっと鼻先を寄せます。
「本当は……君に嫌われようとしていたんです」
「…!」
「一ヶ月前、視界が悪くなり初めて。
 けど君に打ち明けたら、優しい君は僕に身を削ってしまうだろうと思いました」
「…、」
「後悔していませんか?」
「…博士、」
「こんな僕と、結ばれてしまったことを…」
未来の僕は君のために走って、君のために視力を失いました。
けれどこうして視力を返してくれたことで、玉森くんの呪縛は解かれたはず。
自由な君は、
本当に愛する人のもとへ……行くべきなのではないでしょうか。
また涙が溢れそうになっています。
すると玉森くんは、口づけで僕のまぶたを閉じてくださいました。
「どうしたら…、あなたを安心させられますか」
優しい方だ。
ですが僕はまだ、彼の大事な言葉を欲してしまっている。
「ダンスホールで、僕と一緒に踊ってください」
「!」
「君を僕の愛する人として、紹介したいのです」
「紹介って…」
「君と僕の関係を。みんなにも」
「それじゃああなたの名誉が……!!」
「……、」
愛する人を愛せない世界のどこに平和がありましょうか。
どこまでも追いかけ続けるのも愛であり。
逃れられない呪いをかけるのもまた愛であり。
触れ合わずに遠くから見守るのも、愛であり。
僕のこの歪な愛を、
玉森くん自身はどうお考えなのか知りたいのです。

玉森くんは瞳を震わせていました。
僕には玉森くんの気持ちが読み取れません。
けれど彼はまぶたを閉じて、僕の胸に身体を預けてくれました。
「花澤と水上は、びっくりするでしょうね」
「えぇ」
「川瀬がとやかく言ってくるかも知れません」
「そんな気がします」
「私を、守ってくれますか」
「はい」
…あぁなんて。

「博士、愛しています」
この世界はまぶしいのでしょう。

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