
演 名前
演 名前
主人公大崎
新木場探偵社に勤務する若き探偵。
身長は六尺と大柄で、
初対面からの第一印象は大抵良くない。
無愛嬌ゆえ近寄りがたいと思われがちだが、
本当は真面目で物静かなだけの青年。
今回、依頼主・台場静馬と容姿が
似ていたことから
なり代わっての代理参列という
奇妙な依頼を引き受ける。
主人公大崎
新木場探偵社に勤務する若き探偵。
身長は六尺と大柄で、
初対面からの第一印象は大抵良くない。
無愛嬌ゆえ近寄りがたいと思われがちだが、
本当は真面目で物静かなだけの青年。
今回、依頼主・台場静馬と容姿が
似ていたことから
なり代わっての代理参列という
奇妙な依頼を引き受ける。
8月4日、金曜日の夜。
依頼人との面談を終え、
自分は商店街から社へ向かって歩いていた。
酒屋の前に人だかりができている。
福引き箱を抱えた店員が、けたたましく鈴を鳴らしていた。
店員「当たり当たり大当たりー!
おめでとうございます!
ハワイ宿泊券です!」
仕事帰りらしい男女のカップルが、顔を見合わせ沈黙している。
その様子は後ろめたくも見え、
道ならぬ恋なのではないかと勝手に探偵心が働いた。
横目で通り過ぎる。
今度は電気屋の前に人が集まっていた。
ナイターのテレビ中継だ。
太洋ファン「よっしゃきたぁ!
当たった!
先制一点!」
臣人ファン「たった一点だろ、くれてやるよ」
太洋ファン「この一点は重いぞ!」
太洋ファンと臣人ファン、歓声とため息が入り混じる。
それも横目で通り過ぎる。
すると、閉店した駄菓子屋へ子供が駆け込んでいく。
赤い印のついた、アイスの棒を振り回していた。
子供「おばちゃーん!
当たり引いたよ!
アイスもう一本ちょうだーい!」
当たり。
当たり。
当たり……。
次は誰が当たるんだろうと思っているうちに、
商店街を抜けてしまった。
人気の無い真っ暗な横断歩道の、
赤信号に止められる。
背後からは「当たり」「当たり」「当たり」の胴上げが聞こえる。
しかし自分はお呼びではないらしい。
こんなほろ苦さもまた、日本の夏の味わいだ。
その時だった。
近くの茂みがかさりと揺れた。
視線を向けた瞬間——
大崎「?」
——何かが、額を貫いた。
目を覚ますと朝だった。
自分は同じ場所に寝転がっていた。
真っ先に鞄と財布を確認すると、
幸い、無事であるようだ。
すぐ近くをランナーが走る。
犬の散歩人が横切る。
誰も、自分を気に留めない。
自分はのろのろと起き上がり、社へと向かった。
顔を洗った。
鏡を見る。
額を見る。
何度も何度も前髪をめくる。
額は白く、傷どころか痛みもない。
……おかしい。
昨夜確かに額を撃たれた。
弾丸よりももっと大きな——あれは多分「石」だったと思う。
そんなもので額を穿たれ、
現に朝まで気を失った
けれど、証拠がどこにも見当たらない。
品川「おはようございまーす」
品川君が出社する。
自分は何度目か顔を洗い、支度を終えた。
大崎「おはようございます。品川君」
品川「あ。思ったよりも元気そうですね」
大崎「え?」
品川「たばこ屋のおっさんから聞いたんです。
先輩、商店街のそばで倒れてたって」
大崎「それは……」
品川「酒の飲み過ぎ気を付けてくださいよ。
うちは土曜出勤、日水休みなんすから」
大崎「酔っ払っていたわけでは……」
品川「記憶無いのも飲酒の証拠っす」
品川君は言い訳に厳しい。
品川「朝飯買ってきますけど」
大崎「ありがとうございます。
では、いつものパンを……」
品川君は財布片手に身軽になって、
足早に出ていった。
その足音も聞こえなくなった頃、
自分は静かに額を押さえた。
全く、昨夜のことを説明できない。
自分でも信じられないことばかりなんだ——
新木場「いやはや、大事件ですね。
新木場探偵社の名探偵を狙った狙撃事件なんて……
おや? こ、これは……!
品川君! お財布忘れていますよー!」
薄雲が去り、陽光が差し込む。
今度の自分は、額を撫でた。
不思議なことは一つだけじゃない。
朝までの長い夢の中で、
自分は「誰か」に手当てされていたような……。
すると階段を駆け上がる足音が聞こえてくる。
それも一人、二人じゃない。
何事かと身構えていると——
ガラス戸に子供の人影が映った。
小さな指がたどたどしく戸を開けると、
一人、二人、三人と身を滑り込ませてくる。
思わず目で数えると、九人。
九人の小さな目が、じっと自分を見上げていた。
大崎「……どうぞ、座ってください」
彼らはソファへみっちりと乗った。
座りきれなかった子供たちは、
窓辺へ寄ったり、
本棚を開いたり、
電話を眺めたりしながら、
部屋中を歩き回っている。
お茶を出そうにもコップが足りない。
彼らは少ないコップを譲り合い、
時々奪い合いながら飲んでいた。
その中で一人だけ、
膝を揃え、まっすぐにこちらと向き合う子供がいる。
子供「探偵さん! 早速ですが、あなたに依頼があるんです!」
子供「あのね〜なんかね〜あのね〜」
子供「近所にさぁ〜」
子供「見て! 赤い車通った!」
子供「火事だ!」
子供「こわいねぇ」
子供「お茶なくなっちゃったぁ。おかわりくださぁい」
九人が一斉に喋る。
子供「探偵さん!
僕らの家の近くに、変なヒトが住み着いてるんです!」
子供「そう! いきなり! いきなりなの!」
子供「あのね〜なんかね〜」
子供「勝手に草を切ってさぁ」
子供「ヴォー!」
子供「変な歌歌ってる〜」
子供「下手だよねぇ〜」
子供「探偵さん!
そいつの素性を明かして、
追い払ってくれませんか!?」
子供「見て! 黒い車通った!」
子供「はやいねぇ」
騒がしいが、
言いたいことはなんとなくわかった。
大崎「では、その人物とはどこで会えますか?」
子供「あのね〜あのね〜あっち〜」
子供「あそこだよぉ」
子供「よく知ってるよねぇ」
子供「探偵さん!
いつものお墓ですよ!」
大崎「え?」
その時、急いた足音が近づいてくる。
今度こそ品川君だ。
子供たちは一挙に立ち上がると、
ダマになって出ていった——
入れ違いになって、汗だくの品川君が戻って来た。
品川「いつものパン屋……!
値上げしてやがりました……!」
新木場「あぁ……うーん……。
お給料をほとんどプルートに費やしているから、
一時金も危うい……!」
大崎「品川君。
公演の遠征もほどほどに……」
翌、日曜日。
自分は鎌倉の墓地へ向かった。
子供たちの依頼を引き受けたつもりはない。
調査目的でももちろんない。
ただ——
「いつものお墓」に「変なヒト」
要するに、墓地に不審人物。
それだけが気になって、せめて様子を見に行こうと思ったんだ。
墓地は山の傾斜に作られている。
石段の先には、
手入れのされていない森が残っている。
蝉の住処だ。
木陰へ近づくと、
妙なものが目に入る。
白い板に、赤い矢印——
小さな看板だった。
それの示す方向の木々だけ、綺麗に剪定されている。
森の中には、平屋の小屋が建っていた。
赤く塗られた屋根が、光を弾いて日差しよりも眩しい。
草は短く刈られ、小さな庭になっている。
大きく開かれた窓からは、がらんとした屋内が覗けた。
さらにもう一つの矢印看板が、玄関を指していた——
そっと戸を開く。
中は紅茶の香りがした。
しかし、人の気配はない。
自分はしばらく入り口に立ったまま、屋内を見渡した。
古い木目のカウンター。
三脚の椅子。
ガラス瓶に飾られた多肉植物たち。
そこでふと、ドアベルが固まっていることに気づく。
本来なら来客を知らせるはずのそれが、
蔓草のように絡まり合っている。
指で解いているうちに、
やがてドアベルは元の響きを取り戻した。
建物の奥から、
何やらもつれる音が聞こえる。
間もなく青年が飛び出してきた。
青年「っい、いらっしゃいませ!」
眼鏡が曲がっている。
そんな彼の言うことには、
ここは、喫茶店のようだった——
風が吹き、店の中をすり抜ける。
白いカーテンは膨らみ、また、穏やかに萎む。
新しい紅茶の香りが、
少しずつ店内に満ちていく。
大崎「この建物は昔、寺の物置だったかと」
青年「そうです。よくご存じですね」
大崎「この墓地には、
もう何十年とお世話になっていますから」
青年「俺、この寺の息子なんです。
長いこと使われていないここを借りて、
身一つで片付けました」
大崎「大変だったでしょう」
青年「えぇ。屋根を直したり、床下を掃除したり……。
狸が吠えてきた時には、
本気で逃げようとも思いました」
自分は思わず笑ってしまう。
青年もつられて笑った。
それから少し視線を落とした。
青年「やっと開いたんですけどね。
お客さん、なかなか来なくて……。
あなたで二人目なんです」
その言葉に、
店の静けさに寂しさが滲んでいることを知った。
青年「またお墓に用事がある時はいらしてください。
といっても、大学が休みの日曜日だけの営業ですが」
青年はなかなか目を合わせない。
若く、あどけないはにかみだ。
少なくとも、子供たちの言う「変なヒト」には見えなかった——
翌、月曜日の夕方。
外での仕事を終え、社へ戻る途中、
あの横断歩道に捕まった。
一昨日の金曜、
自分はこの場所で撃たれたかと思う。
ふと視線を感じて見回すと、
いつの間にか子供たちに取り囲まれていた。
一、二、三、四……、九。
例の子供たちだ。
子供「探偵さん! こんばんは!」
大崎「こんばんは」
子供「あのヒトに会って、
何かわかりましたか?」
大崎「何も」
子供「変なヒトだったでしょ〜?」
大崎「普通でしたよ」
子供「ふつう〜!?」
子供「ふつうじゃないよ〜!」
子供「あのさぁ〜探偵さんってさぁ〜」
子供「あれはフホウセンキョ、ですよね」
一人、難しい言葉を知っている子がいる。
あまり誤魔化せないと気づき、
自分は改めて向き合った。
大崎「鎌倉は自然を大事にする保護活動が進んでいます。
ですが、あの建物に違法性はありません。
新しく造成されたものではなく、
もとからあった建物を再利用しているだけですから」
子供「いほうってなに……?」
子供「悪いことだよ……」
子供「いほうせいがないってなに?」
子供「悪くないってことなの……」
子供「じゃああのヒト、追い払えないのぉ?」
大崎「君たちの保護者は、今どちらに?」
その途端、
全員が黙った。
子供「……」
子供「……」
子供「……」
子供「……」
子供「……」
子供「……」
子供「……」
子供「……」
子供「……あのさぁ〜
ホゴシャってさぁ〜
なに〜?」
子供「僕らの先生のこと」
子供「せんせ〜のことかぁ〜」
子供「せんせいは……」
子供「ここにはいないよね。内緒だもんね」
彼らは身近な人物を、先生と呼んでいるらしい。
大崎「先生は君たちに、
なんと言っているんですか?」
子供「なんにも〜」
子供「先生は……あのヒトのこと……気に入ってるから……」
子供「通ってるんだよぉ」
子供「紅茶美味しいんだって」
子供「いい匂いして帰ってくる〜」
子供「おい! あの人間の味方すんなよ!」
子供「してないよ〜?」
子供「怒ったぁ〜」
子供「こわぁい」
子供「お前らなぁ……!」
仲違い、だろうか。
子供「もういい帰る!
探偵さんの馬鹿!
すごい探偵だって聞いてたのに!
味方になってくれないなんて!」
子供「あ〜待ってよ〜」
子供「たんていさん、さようなら〜」
子供「頼り甲斐なしっ!」
子供「タヨリガイナシ〜」
子供「サヨナラ〜」
子供たちは点滅する信号を渡っていく。
追いかけようにも、
自分はまた、赤信号に捕まってしまった。
翌週の日曜日。
お盆の墓参りを済ませたあと、
自分は例の喫茶店へと足を伸ばした。
戸を開くも、ドアベルが鳴らない。
またもや誰かに壊されている。
木の枝や葉を食い込ませた、渾身の絡まり方だった。
これを直す自分も手慣れたもので、
音が出ると、また青年が飛び出してきた。
青年「いらっしゃいませ!
って、うわぁ。酷いなこれはぁ……」
大崎「嫌がらせの心当たりは?」
青年「あー……」
すると、困っていたはずの彼はくすりと笑った。
青年「これ、狸の仕業なんです。
狸たちが器用に人に化けて、
いつの間にか絡めていくんです」
大崎「……」
青年「あぁすみません、
変なこと言って……」
彼はカウンターへ入っていった。
青年「どうぞ、座ってください。
今日は何の茶葉にしますか」
大崎「この前のと同じものを」
青年「はい」
この店の味も、不思議なことの一つだった。
彼の出す紅茶は、何故か舌に馴染みがあった。
青年「最初のお客さんに教わったんです。
冷たくて美味しい紅茶の作り方を」
——熱したお湯で、濃く淹れる。
そうして色と香りが出た紅茶に、
大きく削った氷を入れる——
青年「さっきも、
そのお客さんがいらしてたんですよ」
自分の手元の机には、
鮮やかな輪染みが残っていた。
コップの結露が、カウンターに染みた跡だ。
多くの喫茶店はこれを汚れと呼ぶだろう。
けれど青年は、
その跡を嬉しそうに見ていた。
客が来た証。
人がいた証。
誰かが長く、過ごした証。
青年はそういう跡を、愛せる人間だった。
大崎「この店はこれから、きっと繁盛すると思います」
青年「え…?」
大崎「だから——コップを最低でも九つ。
椅子も九つ。
石でも切り株でも構いません。
席があるだけ、彼らは喜ぶと思います」
青年「それって……」
大崎「人でない客も、来ると思うので」
青年は驚いて、
それからほっと笑った。
青年「そうですね。
ここは妖怪も住まう、鎌倉ですから」
とんだ入れ違いだったんだ。
狸は遊び場を追い出されたと思い込み、
人は誰かの居場所を作ろうとしている。
それがわかれば、このわだかまりは解決する。
大崎「伝言をお願いできますか。
その先客に。
次の日曜の午後、
自分もここで待ってると——」
店を出る時、
戸は閉めなかった。
必ず客は来ると、そう思ったからだ。
読書をするなら入り口のカウンターで、とも忠告した。
年々暑くなる。
墓参りのあとに涼めるこの場所が、
できれば長く続いてほしい。
石段の途中で、
父が自分を待っていた。
柔和な微笑みは、何もかもを知っていた。
新木場「無事、謎が解けたようですね」
大崎「はい」
自分に石を投げた犯人と、
その目的が。
大崎「自分はどうやら、
狸に化かされていたようです」
新木場「君がここへ立ち寄る姿を、
狸たちは見ていたのでしょう」
こんな話を、
いったい誰が信じるだろう。
自分はやっぱり笑いを溢した。
大崎「それにしては嫌な手口です。
石を投げて、自分を殺して、
あちら専属の探偵にしようなんて」
新木場「でも間一髪、助けられましたね」
夢の中、
優しく自分の額を撫でた手。
あれは医者である「あの人」の介抱だったんだ。
新木場「それでも残念なことに、
おかしな感覚だけ、残ってしまったようですが……」
大崎「悪くないと思っています」
見えないものが
見えるようになった。
触れられないはずのものに
触れられるようになった。
新木場「君はますます忙しくなるよ。
あちらこちらから、
依頼が飛んでくるようになる。
揉め事は誰にでも起きます。
人にも、狸にも、幽霊にもね」
大崎「手伝ってはくれないんですか?」
新木場「僕は隠居の身ですから」
大崎「まだ、席は空けてあります」
新木場「新入社員に怖がられますよ?
明日から君が座ること! いいね?」
大崎「……はい」
新木場「それじゃあ、緋色君。
また、次のお盆に——」
父は
風に消えた。
風はゆったりと森を揺らした。
自分はもう振り返らずに、人の町への帰路についた。
今、昭和が終わり、平成を迎えた。
夏に生まれた蝉は冬を知らない。
人もまた、死の先に何があるかを知らない。
だが、
思っていたより自由な季節が、
そこに待っているらしい——
「湘南十景 -人-」1989.豊洲ルート










