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路地を駆ける下駄音があった。
君は狭い歩幅で道を急き、僕は広い歩幅で後を追う。
電信柱の街燈が灯影を差すそのような時分、
君は都度振り返り、足踏みして僕を待つのだ。
僕が追いつけば次の光へ走る。
追いつけばまた走り、そしてまた立ち止まる。
道には僕らの他はない。
僕はとうに息を切らしていた。
「先に行きたまえ」
「いえっ」
「だがもうじき始まるぞ」
僕は懐中時計の針を見た。
彼が焦がれる番組は20時より始まる。
今日が日曜だと思い出したのが19時40分、
出始めこそ揃っていた足並みも今やこの通り追いつけない。
石階段の上り下りと慣れない群衆との歩みに、僕はすっかり足を気怠くしていた。
帰る場所は同じなのだから、君だけ先に行けばいいものを。
「十郎に何かあってはいけません!」
「子供じゃあない」
僕は時代劇に興味がない。
して急ぐ必要もない。
しかし僕への過保護と毎週の楽しみを天秤にかける君の苦悶の表情が騒がしく賑やかであり、
取り鎮めるためにも急ぐ必要があった。


玄関に着くなり夜美は「煙状」に姿を変え、居間へと飛んでいく。
時刻は19時59分、
放送まで1分を切った。
その姿ならば祭り場からここまで、それこそ1分で着けただろう。
だが世間的に類例がないからという理由で夜美は得体を隠している。
人からの不理解を嫌っているのではなく、
説明と共感が面倒であるのが一番の理由だという。
彼が言うには、排他的な人間より協調的な人間の方がわずかに多いから、
異種である自分にはかえって厄介なのだという。(それは君の全てを知りたい僕への嫌味にも聞こえた)
家に帰れば君はこのようにして性質を包み隠さない。
けれどおおよその一般家庭でも同様の現象が起きていると思う。
戸を閉じて世間と自家を分離する、
繕っていた気を解く、
それと同じなのだ。

僕が息つくと同時に笛の音が響いた。
番組が始まったのだ。
夜美が好むそれの、タイトルは何かは忘れた。この7月に始まった時代劇である。
見知った演者も出ていたが、その名はもう思い出せない。
かくも夜美は無事、オープニングに間に合ったようだった。
「始まりましたよーっ!」
「……」
繰り返すが僕は時代劇に興味がない。
今度の僕はため息をついた。

僕は居間へ行く前に台所へ寄り、
床下の暗所から日本酒を引っ張り出した。
つまみは屋台で買った林檎飴でいいだろう。
包丁を布巾で包んで温め、
人ほどの体温が移った刀身で、固い林檎を4等分にした。

僕が居間に向かう頃には、オープニングが終わり日常シーンが始まっていた。
夜美はテレビの前に正座をすると、食い入るように見つめている。
一度夜美の前を通ったことがあるが、
ヒーローショーを楽しむ子供と同じ、ハラハラとした顔つきであった。
注意深く観察する猫のような目つきでもあった。
糖衣の林檎に、空想の時代劇、
一喜一憂する夜美の背が、今日の晩酌のあてだった。

最近は1日の大半をこの居間で過ごしている。
夜にはガラス戸を閉め、
ちゃぶ台を返し布団を敷いて眠る。
以前は朝夜の食事に洋間を使っていたが今は立ち寄る理由もない。
それでも夜美は「もしもの来賓用」として片づけを怠らない。

彼がじりじりとテレビに膝を近づける。
番組は深まり悪人を召し取る捕物が始まる。
タイトルは確か……遠山の、なんとかさんの、捕物帳……だ。
「夜美」
そう呼んで、振り返った彼の口に1カットの林檎飴を餌付ける。
その目はやはり猫の目そのものだ。
彼はふいと前を向きまたテレビに没入する。
膨らんだ横顔からバリバリと咀嚼音が漏れる。
美味しいとも不味いとも聞こえず、
テレビに真剣になるあまり、そもそも何を与えられたかもわかっていない様子だ。
僕は猪口に口づけ、林檎の甘酸っぱさと相反する日本酒の辛さに痺れていた。

 

 


…夜は更け行き次回予告が流れる。
目に見えて夜美が浮ついているのがわかり、
また来週も慌ただしい日曜になるのが予見された。
夜美は膝を伸ばしてテレビを消す。
座ごと振り返ると、僕に向かって眉根を垂れた。
「すみません。退屈させてしまって」
「……」
夜美の言う通り僕は退屈していた。
顔に出ていただろうか。
そして謝られたということは、
僕が君にかまわれなかったせいで退屈していることも察せられている。
僕は酒を飲む動作で、
どうやら不機嫌らしい口元を隠した。
「この番組、巷でも人気なのですよ。雑誌には監督のインタビューが載っていました」
「そうか」
「参考になるんです。時代がどういうものを求めているのか。ヒーローがどうあるべきか……」
「理解不能だ」
「そういじけないでください」
夜美は机に右腕を伏せて置いた。
濃い木目と黒い浴衣が彼の素肌を一層青白く見せる。
手招きの仕草で置かれたものであるから、
酔っている僕は素直に左手を重ねていた。
「……、」
夜美はにこにこと微笑んでいる。
今宵の月のように眩しい笑顔だと思う。
直視できずに僕はうつむき、下唇を噛めば林檎飴の甘さが蘇った。
僕は重ねた手の親指で、彼の指の側面を撫でる。
彼の輪郭は細く硬い。
時として刃のように冷たく感じられた手が、
今は、僕と同じ温かさを持ってくれている。
「何か作りましょうか」
「いい。……君がいてくれたら何もいらない」
笑声を詰まらせた、か細い声で彼は「はい」とうなづいた。
彼が掌を上に向ける。
手首を柔く掴めば、彼もまた僕の手首をなぞった。
こんな風に、僕たちはいつも静かに会話した。
「今日、ツクツクボウシが鳴いていた」
「聞こえました」
「なぜミンミンツクツクが生まれないのかと考えていた」
「ふふ」
「……」
「……。……えぇ?」
「何の間だ」
「もう一度言ってください」
「ミンミンツクツクだ」
夜美は横腹をくすぐられたように姿勢を崩し、笑った。
「どういうことですか?」
「なぜツクツクボウシとミンミンゼミは交配しないのだろうかと」
「違う種ですから」
「同じ姿であるのに」
「色や大きさも全く違いますよ」
「……僕には見分けがつかない」
ミンミンゼミは夏の初めに鳴く。
ツクツクボウシは夏の暮れに鳴く。
その中間にミンミンツクツクがいたとしても、誰も不思議には思わないだろう。
…そう、思ったのだが。
夜美の笑みを見て、
僕の考えは誤りだったと知る。
「愚かか」
「いいえ。……だってこれから生まれないとも、言い切れません」
夜美は手をすべらせ、僕の指に指を編んだ。
「すでにツクツクとボウシが交配して、ツクツクボウシになったのかもしれません。
 いえ事実、その通りなのでしょう」
「ミンミンツクツクはいつ生まれるのだろうか」
「さぁ……。1万年後かもしれませんし、百年後かもしれません」
「来年が楽しみだ」
「なんと気の早い」
「…酔っている。忘れてくれ」
夜美はまた笑った。
僕は今の季節が好きだ。
夏と秋の虫の声が入り混じる、晩夏の夜が好きだ。
そうと決めたのは今日だ。
「……横へ行っていいか」
僕は呟く。
いまだ目を伏せ、うつむいたままに。
返事を求めて瞬きすれば、そこに夜美はおらず、
気づいた時には僕の左横にもたれかかっていた。
……君の砂状的、あるいは煙状的移動は時として心臓に悪い。
上目遣いの笑みがまた意地が悪い。
僕は空の猪口をあおるほど、君の愛くるしさに動揺していた。
酒の飲めない君は僕の代わりに酌をする、
だが今日は、今この時は。
君は僕を見つめるのみだった。
口づけを許されていると、僕はそう感じた。
…猪口を置く音のなんと無粋なことか。
僕はできるだけ間を置いてから、
君を見。顔を傾け。唇を重ねた。
だがすぐに離し、夜美の顔色を伺う。
「どうしましたか?」
「いや……」
僕は座を正し、今一度君と向き合う。
肩を掴み、そっと口づけた。
……接吻など何度となく経験しあまつさえ銀幕に晒されたこともある男だというのに。
君という恋人の前では、
唇を置く場所すら悩めるのだ。
夜美は堪えきれないように笑声を漏らす。
神経質でありながら、捺印も満足に押せない僕の不手際を笑ったのだ。
謝ろうと震えたこの口に、彼は右手の指を差し込んだ。
「っ!」
二本の指が、僕の舌根をくすぐる。
夜美は戸惑う僕を見て、目つきを弧にして微笑んだ。
「この指を、舌だと思って舐めてください」
僕の口内で、彼の指先がぬるりと円を描く。
「どうしたら良くなれるか、教えてあげます」
「……、」
「さぁ目を閉じて」
目蓋を閉じる。
そうして導かれるままに、舌先で指を追う。
「息は鼻で吸って。口で出してください」
「…っ……は、」
「お上手です」
君の言葉はどこか遠くから聞こえるようだった。
鯉に餌をやるのと同等の慈悲を感じる。
……不甲斐ない。
だがこの真っ白な指がふやけて僕の物になっていくこと、
君に教えられているという幸せに、
夢中にならざるを得なかった。
「…っ、」
指を浅く出し入れされる。
「あなたの唇。柔らかくて気持ちいいです」
もはや口づけなどではない、手淫の動きに羞恥心がこみ上げる。
「夜美」と口のうちで名を呼べば、彼は極めて楽しそうに目を細めた。
「今夜はどちらの姿で致しますか?」
「…、……」
指を抜かれ、熱くなった口内にそう問われる。
…「どちら」とは、人である君か人でない君かの二通りある。
「このまま、欲しい」
今夜、浴衣姿の君が特別美しく見える。
「…このままして欲しい、」
吐き出した二度目の呼気は裏返り、
君の耳にも懇願として聞こえただろう。

熱視線を近づければ、夜美は煙となって消える。
彼はすぐ横の机に腰掛けて、僕を挟むように細い足を垂らしていた。
見下ろされた者が違えば、君を悪の化身と思うだろう。
瞳の据わった笑顔は恐ろしい。恐ろしくも、美しい。
僕は自ずから彼の性器に触れ、きっさきに舌を合わせた。
「……こちらのやり方は教えてくれないのか」
「そのような特集は誌面になく、」
……口づけの指南は雑誌の知識か。
勤勉な君なら僕の知らぬところで何を学んでいてもおかしくない、
そう思っていた憂が晴れ、僕は気を良くした。
…自分の浴衣を肩まで下ろし、胸の真中を押し当てる。
物書きといえど筋肉の付きはそれほど衰えていない。
両手で胸を運び、谷間を作って擦り上げた。

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「あなたこそ、どこで覚えたんですか?」
「…男同士でこうする場があると。昔共演した男に誘われた」
「へ〜……」
「僕は行かなかった」
「断ったのですね」
「いや。彼は失踪した」
「へ〜〜そんなことが」
失踪前夜、彼は男同士の紅葉合わせがいかに高尚であるか僕に説いた。
それでは明日だと彼は勝手に取り決め、翌日には勝手に消えてしまったのである。
僕に残されたのは変わらぬ日常である。
当然ついて行く気はなかった。
だが二十歳かいくらかだったあの当時、
君にならされてみたいと思った。
「……良くは、ないか?」
今は君にしたいと思うままに動いている。
心地良くなって欲しいと思うままに、
嬉しいと言って欲しいがために。
君のために体温を上げているんだ。
「……、」
僕の体は一人でに汗ばむ。
部屋はこの体熱に蒸されていくのに、
夜美の体は冷たいままだった。
……裏筋を胸の先でなぞったり。鼓動を押し付けたりと、試行をしているのに。
「…良いのか、良くないのか」
「可愛らしいです」
「……」
答えになっていない。
「夢中になっているあなたが、とても」
「それでは意味がない。
 …君の欲に響かないのであれば、……もうしない」
「とても良いです」
「……なら、そうと言って欲しい。自分ではわからない」
「すみません。頑張っているあなたを見るのが好きで」
「……、」
僕は胸を離す代わりに両手を性器に添え、
息も整わぬまま亀頭を咥えた。
唾液を絡め、先ほど教わった「接吻と称した手淫」の通りに舌を動かす。
上下するたびに僕の髪は乱れ、視界も陰る。
人間の性器を模しただけのそれとわかってはいるが、
膨らんでくれると、安心する。
君も僕と同じ気持ちになってくれていると……。
「!」
……思っていたのだが。
後ろ髪を掴まれた。
その手は抱き寄せるように優しく、僕の頭部を前方へと誘導する。
「ッ゛…!」
根元へ、引き寄せられる。
君の服従に僕の抵抗が作用して、ゆっくりと刺されていく。
「あなたの喉奥に触れたいです」
「…!!」
「いいですよね、」
熱く張り詰めた亀頭が行詰に触れ、口内に鉄の味が広がった。
痛いとも良いとも感じない、痛覚の及ばないそこに、侵入される。
押し返そうと彼のふとももに手を突っ張った。
……歪むの視界の中、君は平素の通りに笑んでいた。
右手で頭部を掴み。左手で僕の前髪を正しながら事を進める。
僕の体は異物を吐き出そうと唾液を流し続け、それがかえってぬかるみになる。
ただ歯だけは立てぬよう、僕は口を広げた。
「かっ゛…ッは……!!!」
喉奥に多量の熱を放たれる。
…焼けるほどに気道が熱い。
腹に次々と熱水を注がれていく。
僕は喉を動かし、出されるがまま必死に飲み込んだ。
……この冷たい体のどこに隠し持っていたのかわからない熱は、
まるで僕への思いそのものに感じられる。
それを愛おしいと思えど……。
「!」
僕を押さえる手が緩ぶ。
すかさず顔を退ければ、反らした胸に黒い精液がこぼれた。
「……っ夜美…!」
「すみません。つい」
…人間のものとはおよそ違う高い粘度。
拭おうと手で擦るだけで泡が立ち、弾ける音がする。
舌にはほのかにオレンジの味が残っていた。
「あなたの酒気に当てられて、ふわふわしています」
目元を拭われる。
…感情とは無関係に涙していたようだ。
「……」
「ですが好きにしていいと言ったのはあなたですよ?」
頬を包んで僕に正面を向かせると、顔を近づけそう言った。
五ヶ月前にかけた言葉を、
君はいまだ免罪符のようにちらつかせてくる。
「…からかわれるために言ったんじゃない」
「からかってなどいません。
 自分なりに、どこまで本気を出していいのか測っているのです」
「……、」
「好きに愛してしまったら、また壊してしまいますから」
…君は何本目かの「黒い手」を伸ばし、部屋の明かりを消した。

暗闇の中、君の笑い声が僕の背後に回る。
闇は僕から浴衣と肌着を剥ぎ取ると、畳の上へ平らに敷いた。
「こちらへ来てください」
月明かりのそこへ座る君は、僕の目にもはっきりと悪魔に見えた。

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折り目正しい襟元に矛盾して、乱れた裾から右足を伸ばし、僕を招いている。
僕は身に纏う物を白い足袋しか許されず、
しかも己の意思で振り返り、ここまで来いというのだ。
夜美はこの姿に……僕の裸体に、決して欲情してくれない。
人が犬猫を見るのと同じ目つきで、いつも僕を見ているのだ。
「……、」
君は非道い。残酷だ。
だがそう思えば思うほど、一層君の足下に取りつきたくなる。
こんな僕は這いずるような心地で君に向かい、
そして口づけで押し倒した。
もはや形振りを失っていた。
君の唇はなお笑顔を作り、ありのままの僕を受け入れてくれる。
むしろ口づけはこうあるべきだと、
先ほどの指南がここに帰結したような気がした。
「どうぞお好きに」と囁かれる。
待てを解かれた僕は上体を起こした。
背面へ手を伸ばし、彼の性器を裏から支える。
「……っ」
そうして何度も腰を下ろす。
…受け入れたいと。
一つになりたいと。
しかし強張るほどに、彼の性器は逸れていく。
……入らない。
僕は戸惑った。
自分の正確な「位置」がわからなかった。
欲するほどに体温が上がり、
溢れた汗が目に染みる。
「入れてくれっ……」
「焦らしているつもりですか?」
僕は首を振った。
「……入れて欲しい」
語尾が消え入る。
腰を浮かしたまま、僕は夜美に乞うた。
「……夜美っ……」
込み上げる嗚咽を噛みしめ、その目に訴える。
夜美は呆れたように目を伏せ、
それから笑声まじりの嘆息を吐いた。
「かつてのヒーローがこのような本性であることを、みなさんはどう思うでしょうね」
「…、……」
「頼れるみんなのリーダーが、
 棒一本入れられず、持て余し、泣きそうになっているだなんて」
震える腰を優しく掴まれ、強い力で下ろされる。
彼の性器は真っ直ぐに僕の底に触れると、
正しく入り口を広げた。
「ぁ、……!」
「…ねぇ十郎。可愛そうなあなただから、愛してしまったんです」
亀頭を包むまで導かれたところで、支えていた手を離される。
力尽きていた僕は体重任せにへたり込んだ。
……やっと。彼の全てを体に納められた。
けれど望まぬ形であるせいで、歯痒さに身が焦がれる。
「次はご自分で入れられるようになりましょうね」
僕はうなづく。
「そのために、ご自分の「性器」の位置をちゃんと覚えることです」
「……、…」
「わかりましたか?」
「わかっ、た」
「でしたらもっと、自身に示しをつけてください」
「……、」
…示し。
僕は膝から下を床につけ、太腿の屈伸で体を上下に動かした。
深い場所を、短い感覚で何度も打つ。
奥に触れるたび体内で水音が弾けて、甘い波紋が全身に伝った。
……君に「性器」と呼ばれ、扱われ続けたそこは、
もはや簡単に男を愛おしめるようになっていた。
君を抱きたいとは二度と思わない。
君に愛される幸せを知ってしまった今、戻る場所などなくていいとすら思える。
「夜美っ……」
「はい」
「……夜美、…っ…」
君は僕の嬌声に、優しく返事をしてくれる。
「くっ、ぁ…!!」
体内を揉まれる。
腰を浮かせて見やれば、
彼の性器は玉が連なったように形を変えていた。
「…!」
一つ一つは卵ほどの大きさで、
僕は卑しくもそれを飲み込めている。
腰を振れば僕の「性器」は玉の表面をなぞるようにして開閉を早め、
泡立った体液は、みだりがわしい音を響かせた。
…秋の虫は窓を越して聞こえるというのに。
吠えるような息遣いも、叱責のように打つ音も、
誰に聞こえていたとしても、この行為を止められない。
君の名を呼び、
返されるたびに、僕の胸はときめいていた。
「!」
夜美が上体を起こす。
白い指が僕の胸先を揺らした。
…それだけであればよかった。
指先から伸びた細い触手が、僕の胸先に沈んだ。
「!!!」
針に刺される淡い刺激が、快楽となって僕の呼吸を止める。
僕は律動を止め、逃れようと体を反らす。
気づけば手と足をそれぞれ太い糸に拘束され、身動きが取れなくなっていた。
「ここでも感じるようになりましたね」
「っ……!」
「気持ちいいなら、そう言って下らないと。
 …自分だけ黙るのは、ずるいですよ」
「ッく……ぁ゛!!」
腰元を一切動かさず、夜美は僕の中で伸縮を繰り返す。
彼の瞳には、静かに、あられもなく狂う僕の姿が映っていた。
「……っ触って、欲しい……!」
僕に元ある男性器は、意味のない飾りとなって揺れている。
「駄目です」
「…!!」
「中だけでいけるようになりましょうね」
指先はいじらしそうに乳輪をなぞる。
男性器の根は縛られ、射精すら許されない。
僕の悲鳴ともつかない喘ぎを、彼は愛おしそうに聞いていた。
「今、どんな形をしているかわかりますか」
「っ……!」
そう言って、夜美は僕の臍下を撫でる。
「あなたの生殖器と同じ形ですよ」
「やめてくれっ……」
「ですがあなたの体躯には、これがちょうどいいみたいなんです」
「…君の、形がいいっ…」
「……、」
「本当の君が……っ」
「今日はたくさん、嬉しいことを言ってくれますね」
「……っ」
「ですがあまり乗せないでください。
 うっかりその通りにしたら、あなたのお腹が裂けてしまいます」
「君が良いなら、なんだって……」
「……また無責任なことを」
「っ死んでも、いい…」

「本当に?」

全身を闇に包まれたかと思うと、次の瞬間、僕の視界は天井を向いていた。
背には冷たい畳の感覚がある。
…軽々と、床に押し倒された。
君に力量の差を見せつけられて、今更驚くようなことはない。
だが……。
「……何の、真似だ、」
立てた膝の間には無邪気に笑う夜美がいた。
……だがその姿は、
「幼年」の君であった。
僕に車椅子を押され、時に背負われていたあの頃の君なのだ。
それが今、浴衣を余らせ華奢な鎖骨をのぞかせている。
幼い手には僕に足を開かせるほどの怪力があり、
現状を混乱させた。
「何を、」
「あまりにも愚かなので、反省していただこうと」
「……っ!?」
突き上げ、られた。
火照り滴るほど濡れた僕の「性器」に、
彼は小さな突起の出し入れを繰り返す。
「夜、美……!?」
何をされているのか、わからなかった。
だが全身を揺さぶる振動と、徐々に温まっていく自分の呼気を知り、
犯されていると、やっと理解した。
「ッやめて、くれ…!!」
「お仕置きですから」
普段の声音でありながら、
思い出の姿で僕を打つ。
「っ夜美!!!」
「…弱いと思っていた存在に、種付けされる気分はどうですか?」
「……!」
「一方的に腰を振られるのは、気味が悪いでしょう?」
「あっ……っ……!」
「あなたの好意に気づいた時の、自分の最初の気持ちですよ」
君はたやすく僕の心を引きちぎる。
引きちぎりながらも律動をやめない。
奥まで届かないせいで浅い快楽が蓄積されていく。
……このようなことをされて、平気でいられるものか。
僕は仰け反り、左腕で目元を隠した。
「収縮が激しくなりました」
「ふっ……っ゛!」
「射精を促されています」
「言わないでっ、くれ……!」
「意地悪じゃありません。……嬉しいのです」
「!」
「…この自分に犯されるのなら、どんな姿だっていいのですね」
「……!」
「なんてひたむきなのでしょうか」
部屋には、小さな体に揺さぶられる僕の影絵がある。
正しい倫理や道徳を持たずとも、この光景は異常であると脳が叫ぶ。
嫌であるのに。
間違っている愛し合い方だと、わかっているのに。
僕は月の灯影から目を離せなかった。
君が能動的に動いてくれているという事実に、
勃起を止められなかった。
「隠さないで、顔を見せてください」
「よ、み……っ!」
「ねぇ十郎、」
「っ見られたく……、ない…」
君の声はいつだって優しい、
引きちぎり弄んだ僕の心を黒い糸で結び合わせていくようだ。
こんな所業をできるのは君だけであり、
君を愛せるのもまた、僕だけだろう。
「見たいです」
「……!…っ」
「可愛いあなたが」
腰元を掴まれ、突き上げる速度を早められる。
水面を叩くような、ぱちゅぱちゅと軽快な水音が響く。
僕は思わずその細い腕を掴んで静止を求めるが、無力であった。
「ぐ、っ゛、ッ゛……! 」
唇を噛み締めても、嬌声を隠しきれない。
揺さぶられる振動で胸の筋肉が弾む。

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君のためにこそ作り上げてきた身躯が、君によって壊されていく。
君の望むままに、作り替えられていく。
……それのなんと、愛おしいことか。
「ッくっ……、はぁッ……!」
根本を結んでいた糸をはち切り、僕は射精する。
揺さぶられるままに、僕は男性器から熱を撒き散らした。
「っ、止めろ、……っ止めっ、たまえ……!」
君は微笑んだままだった。
「もうっ……い゛けな、い……!」
突然、僕を突く性器が太く長く急成長する。
「!」
僕に顔を近づけて笑った君は、現在の姿へと戻していた。
今の君にふさわしい形となったそれが、
前立腺を一突きでえぐった。
「ッ!!!」
その瞬間。僕はつま先を強張らせ、腰を浮かした。
……目の奥に火花が散る。
腰は徐々に熱く、重くなり。体の奥底に君が溜まっていくのがわかる。
彼は漏らさぬよう上向きに性器を引き抜く。
僕は何もかも手放すように、体を落とした。

 

 


…荒い呼吸に苦しむ僕と、息一つ荒げていない夜美。
彼は僕の体に腹這いになって、
僕の頭を撫でた。

「よちよち」

耳を疑う労いだった。
「あぁ失礼しました。よしよし」
夜美は足をゆったりばたつかせ、時折交差させてはご機嫌な様子でいる。
面食らった僕は僕はくらりと天井を仰いだ。
彼は執拗に僕の髪をあやしながら、
高い音を立ててこの鼻や額や顎に口づける。
……口づけ一つに尻込みしていた僕とは実に対照的だった。
「頑張りましたね。十郎。愛してます」
「……」
「十郎も言ってください」
「……」
「どうして返事をくれないのですか…?」
……どうしたもこうしたもない。
「…言ったところで君は信じてくれないだろう」
僕は低く素早くそう言った。
「今は素直に聞きたい気分なのです」
「……」
唇に唇が触れる。
「聞かせてください」
彼の背後では触手がちゃぶ台を片付け、襖を開けて布団を引っ張ってくる。
僕と君しかいないのに、よく働く執事たちを雇っている気分だった。
「…風呂に入りたい」
「駄目です。一緒に眠りましょう」
「…先に寝たらいいだろう」
「寂しいことを言いますね……?
 ドーパミンが低下したくらいで冷たくしないでください…」
……君に振り回されて疲れたんだ。
愛しいと言えば疑われ、
全てを曝け出しても信じてもらえない。
だのに今は、聞けるという。
「十郎」
「……」
その笑みに僕は名付けがたい気持ちを思い起こされ、
厳格なままではいられなくなる。
根負けした僕は苦い顔のまま、乱れた浴衣ごと君を抱きしめた。
「…愛しています。愛しいです。大好きです」
「……」
「ご一緒願います」
それは時代劇のセリフではないか…。
まさか熱のこもった声で真似られるとは、ドラマ監督も思っていないだろう。
「…。……愛している。愛しい。大好きだ」
「じゅろ〜」
……おうむに返されて喜ぶのは宇宙人も同じらしい。
平素に僕が自ずと発するのと、君に復唱するのとでは一体何が違うのだろうか。
「!」
化物であり、悪魔であり、鬼であるこの恋人を、僕は姫のように抱き上げる。
君は喉奥で黄色い悲鳴を上げた。……うぶな女学生でもあるまい。
少々荒く布団に下ろし、それと一緒に横たわる。
布団のうちでまた抱きしめれば
夜美はくすくすと笑った。


 

 



君は小さな声で囁く。
僕にしか聞こえない、微かな声だ。
僕は同じくらい小さな声を返す。
すると君は語彙を変えて囁いたため、
僕はまた、君に返事をした。

 


これは今に始まったやりとりではない。
幼い頃、僕は君の寝顔に同じ言葉をかけたものだ。
…君はずっと覚えていたんだな。
ならばずっと前から、僕たちは両思いだったというわけだ。

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