ある夏の夜のことです。
電信柱の街灯が道沿いに点々と灯っておりました。
灯りは眩しく、外と内とで、闇と光とをくっきり二分にしています。
自分は光の内に立っては振り返り、
十郎がちゃんとついて来られているか確かめたものでした。
「先に行きたまえ」
「いえっ」
「だがもうじき始まるぞ」
呆れた口調で促され、自分は勝手に足踏みしていることに気がつきました。
自分が家路を急ぐ理由、それは数刻前に遡ります。
★
「明日も日曜日であればいい」
盆踊りの人いきれを横目にした十郎が、
意外な感想を発したのです。
自分が目を丸くしていますと、彼はこうも続けました。
「ここは日曜にしか祭りをしないだろう」
「日、……曜…?」
「祭りとはなぜ懐かしい気分になるのだろうな、心当たりなどないのに。
来年も来よう、夜美」
「い、今何時ですか」
「……19時40分だ」
「十郎!!!」
「?」
「今日は「金さん」の放送日ですよ!!!」
★
と、言うようなことがあったのです。
この日はちょうど、毎週日曜20時より始まります時代劇、
通称「金さん」の放送日だったのです。
十郎は最初こそ一緒に走ってくださいました、
けれど振り返るたびに鉛色になっていき、今や諦めの色さえ滲ませています。
…飛んで帰ればさぞ楽でしょう、自分は宇宙人ですから。
ですが……。
「十郎に何かあってはいけません!」
「子供じゃあない」
十郎は気づいていらっしゃいませんが、
この世は自分の他にも悪い宇宙人が蔓延っているのです。
彼らは自分のシモベではありませんから、使役することはできません。
これまで眷属の母数に隠れていた彼らが今、
新たに「怪獣」または「怪奇」と呼ばれ、
巷の怪事件の原因となっているのでした。
ただご存知の通り十郎は仁君とは程遠い性格です、
悪意と対峙しても彼らに情けをかけることはなく、
負ける心配もないでしょう。
…自分が十郎のそばにいたいと思うのは、
彼に非日常を気づかせたくないという
いとおしみからでございました。
「……ですから早く!」
「ですから、とは」
十郎は気づいていらっしゃいませんが、
巷の怪事件に付属する巷のヒーローとは自分のことなのです。
悪玉たちはとくに真夜中に悪さを働きますから、
自分は黒い姿で出て行って、白い姿で布団に戻るのです。
彼らは人間に擬態して日常に紛れています。
幸いなのは彼らにシモベほどの力はないことでしょうか。
……やることといえば、
町に自らの小水を降らせるなど。
動物の耳を生やすなど。
ちょっと理解に苦しむことばかりです。
理解してしまったら
自分にまた新たな性癖を植樹される気がしますから、
もっぱら薄目で退治しているものです。
……日常があり、いまだ非日常がある。
絵本を地で行くマジックリアリズムを生きるのは、
非日常からやってきた自分だけでいいのです。
「……とにかく、早く!」
「とにかく、とは」
★
家に着きました。
自分は急いでテレビの前に座り、
ボタンの多さに戸惑いながら、なんとか電源を点けることに成功します。
ただちに「金さん」を称える笛の音が吹き抜けました。
…間に合ったのです。
「始まりましたよーっ!」
「……」
玄関におります十郎に大声を張ります。
するとため息でお返事が聞こえた気がしました。
この晩のサブタイトルは「天下を狙う大男」
サブタイトルには毎回、
主役の金さんに召し取られる悪人の二つ名が選ばれます。
自分がこの時代劇世界の住人であったならば、
サブタイトルは「母星に帰りたい宇宙人」だったことでしょう。
間違いなく、自分は正義に召し取られる側の存在なのです。
述べ忘れましたが金さんとは江戸の町奉行、
つまりは時代劇的ヒーローです。
自分は巷のヒーローにふさわしくあるべく
金さんから人道を学んでいるというわけでした。
十郎がもう戦わなくて良いように、自分が正義を担うと決めたのです。
…述懐しますが、いやはや、この世が時代劇でなくてよかったです。
十郎という主役に勧善懲悪の精神があったのなら、
今日のような暮らしもままなりません。
自分は怪獣因子を持ち込んだ悪い宇宙人であり、
十郎は自分を倒せる唯一のヒーローだったわけですから。
その二つが同居するなど、到底許されるはずありません。
いやはや。
バラエティやドキュメント、連続ドラマなど番組区分がありますが、
アナタならこのお話をどこに割り振ってくださいますか。
>>「その方らの悪事、しかと見させてもらった」<<
>>「なんだぁお前! やろうども、そいつを叩き斬れ!」<<
>>「言ってくれるじゃあねぇか。
この背中に咲いた花吹雪、散らせるもんなら散らせてみやがれ!」<<
夜は深まります。
最後に金さんの常套句が決まり、テレビに次回予告が流れました。
次回のサブタイトルは「役者が惚れた男」
…悪人の二つ名、次に懲らしめられる犯人の名です。
十郎はかつて役者でありましたから、
自分が犯人として摘まれた気がしてどきりといたしました。
彼の目にも映っていることでしょう、
慌ててテレビを消しまして。
慌てて体を振り返らせました。
十郎の顔は白けきっていました。
左手で頬杖をつき、
けれど顔の向きはテレビより少し外れています。
どうやらずっと番組ではなく、この自分の背を見ていたようなのです。
「すみません。退屈させてしまって」
「……」
まさか見抜かれるとは思っていなかったらしく、
彼は口元を隠すように猪口を運びました。
だって不機嫌でない人間が頬杖をつきましょうか。
申し開かないと……自分はそう思いました。
「この番組、巷でも人気なのですよ。雑誌には監督のインタビューが載っていました」
「そうか」
「参考になるんです。時代がどういうものを求めているのか。ヒーローがどうあるべきか……」
「理解不能だ」
拗ねられてしまいました。
正直に答えることは十郎のためになるとは限りません。
つくづく世に反したお人です。
「そういじけないでください」
頬杖ももう疲れたでしょう。
解いて差し上げたくて、自分は右手を机の上に置きました。
…その手を下ろして。その手で触れてくださいませんかと。
十郎は目元に朱色を滲ませて、
思惑通り、左手をそっと優しく重ねてくださいました。
下唇を口の内へ隠し、照れているご様子。
それのなんといじらしいことか。
自分が笑顔を傾ければ、
十郎はちらりと視線を合わせ、すぐにまた手元へうつむかせました。
「……、」
そして重ねた手の指で、こちらの手をお撫でになりました。
実に堅苦しく。刀身の打ち粉を拭き取る、剣士のような手つきです。
でも十郎の手が熱ければ熱いほど、
自分は無機物になっても良いと、そんな気持ちを抱いていたのでした。
「何か作りましょうか」
「いい。……君がいてくれたら何もいらない」
少しでも離れようとすればこうです。
優しかった手つきは嘘のように一転し、力強く握り締めてきます。
あなたの不安に「はい」と返事をすれば、
安心したように束縛も解けました。
自分は開いた手を上に向けます。
十郎がこちらの手首に触れる時、
自分もまた十郎の手首に触れていました。
それを鏡のようだと思います。
広い屋敷で二人きり、
いつもこんな風に静かな言葉を交わしていました。
「今日、ツクツクボウシが鳴いていた」
「聞こえました」
「なぜミンミンツクツクが生まれないのかと考えていた」
「ふふ」
「……」
「……。……えぇ?」
ミンミン、ツクツク……?
「何の間だ」
「もう一度言ってください」
「ミンミンツクツクだ」
ミンミンツクツク……。
あの十郎から発せられた幼児語に、
思わず笑ってしまいます。
彼は真剣な眼差しです、わかってあげたくて自分も見つめ返しました。
「どういうことですか?」
「なぜツクツクボウシとミンミンゼミは交配しないのだろうかと」
「違う種ですから」
「同じ姿であるのに」
「色や大きさも全く違いますよ」
「……僕には見分けがつかない」
ミンミンゼミは夏の初めに鳴きます。
ツクツクボウシは夏の暮れに鳴きます。
ツクツクボウシが鳴く頃、多くのミンミンゼミは地に帰っているのです。
十郎は自分の反応を見、ほのかに眉をひそめました。
「愚かか」
「いいえ。……だってこれから生まれないとも、言い切れません」
何の揶揄でもない、純粋な疑問であるとはわかっています。
ですが自分は、あなたの手を握らずにいられませんでした。
「すでにツクツクとボウシが交配して、ツクツクボウシになったのかもしれません。
いえ事実、その通りなのでしょう」
「ミンミンツクツクはいつ生まれるのだろうか」
「さぁ……。1万年後かもしれませんし、百年後かもしれません」
「来年が楽しみだ」
「なんと気の早い」
「…酔っている。忘れてくれ」
人間はいいですね、酔っているなら仕方がないと、
何でも許される気でいるのですから。
十郎は後になってミンミンツクツクが恥ずかしくなったようで、
黙り込んでしまいました。
二人きりの屋敷ではありますが、寂しいとは思いません。
こうした無言の隙間にも、
季節の虫が話し声を聞かせてくれるのです。
この時、十郎がどうしたいのか、自分にはわかっていました。
握り合った手の体温から顕著に伝わってきました。
自分はいくらでも、彼の言葉を待つ気でいました。
「……横へ行っていいか」
目を伏せたまま、
堪えていた息を吐くように十郎はそう言います。
いつもより「告白」が早かったのは、酔いのせいでしょうか。
できれば自分の扇情からであって欲しかったのですが。
どちらにしろ嬉しくなり、
望むままに隣へぴたりと寄り添いました。
すると一時目を見開いて、手元の猪口を揺らしました。
そんなお化けみたいに恐れなくても…。
彼はすぐにその目を逸らし、空になった猪口を唇に当てました。
酔いを理由に可愛い姿を見せてくださるのなら、
何杯でもあおれば良いです。
自分はじぃと見上げ、十郎が向き合ってくれるのを待ちました。
彼は静かに猪口を置きます。
目元からさらに頬まで紅潮し、
唇を揉み合わせています。
その強張った表情で自分を見、顔を傾け、そうして唇をくださいました。
かと思えばすぐに離し、
傷がないかと伺うような目で見つめてきます。
「どうしましたか?」
「いや……」
この自分を大事にするあまり、おいたわしいほど怯えていらっしゃる。
そうとわかりながら、自分はなお待つのです。
十郎はあぐらごとこちらに体を向けると、
両手をこの肩に置きました。
それからまたそっと、唇に触れてくださいました。
この世で一番優しい口づけだと思いました。
十郎のキスシーンは何度となく見ました、
けれどこのような手順のものは一つとしてありませんでした。
映画館で見たあなたの接吻はとても妖艶で、
客席が悲鳴と感嘆で濡れたほどです。
薄く目を開きますと、十郎は一層頬を赤らめていました。
等身に似合わぬご様子に笑ってしまえば、
十郎ははっと震え、謝ろうと唇をすぼめました。
「っ!」
自分はその口に、右手の指を二本ねじ込みました。
十郎の口内は熱く、けれど緊張に乾いております。
奥まで舌を仕舞い込んで、
一体どのような折に出そうとしていたのでしょう。
十郎は突然のことに、その目を戸惑わせておりました。
「この指を、舌だと思って舐めてください」
舌の表面をなぞるように、指で円を描きます。
舌は柔らかくほぐれ、奥から熱い唾液が分泌されました。
「どうしたら良くなれるか、教えてあげます」
「……、」
「さぁ目を閉じて」
そう囁けば、十郎は何の疑いもなく目を閉じます。
自分に言われれば何でも信じてしまうところが、
危うくも可愛らしいでしょう。
指を動かせば、舌先で一生懸命追いかけて来てくださるんです。
「息は鼻で吸って。口で出してください」
「…っ……は、」
「お上手です」
吐息がたまり、口内は次第に潤んできます。
十郎の「性器」をとろとろにして差し上げるように、
性交を模して指を浅く出し入れすれば、
こもった水音が聞こえてきました。
さすがに異様であるとは気がついているようでした。
「…っ、」
「あなたの唇。柔らかくて気持ちいいです」
そう申し上げますと十郎は薄く目を開け、
口程に嬉しさを語るようでした。
もう少し睦み合っていたかったのですが、
「夜美」と、熱いに吐息に名を呼ばれました。
それは十郎が下さった名であり自分の本当の名ではありません。
自分には「▲」という名があるのですが、
人間が発声するのは少々難しいと思われます。
「夜美」とは、自分にとって太い一本の鎖の名でありました。
その鎖を手繰られると、自分はつい十郎を甘やかしたくなってしまうのです。
「今夜はどちらの姿で致しますか?」
自分は指を抜き、熱くなった口内に問いかけます。
「このまま欲しい」と、すすり泣くようにおっしゃられました。
それを言い換えて、「…このままして欲しい、」とまで。
…声を溶かすほど求めてくださるなんて。
はしたないお姿に、胸がじんと熱くなるのを感じました。
近づけられた熱視線を避け、自分は机に腰掛けます。
足を開き、視線をそのまま自分の芯へと誘導します。
何も言わずとも十郎は自ずからこの身に触れ、
舌全体で亀頭を一舐めしました。
「……こちらのやり方は教えてくれないのか」
「そのような特集は誌面になく、」
すると十郎はわずかに驚いたようでした。
先ほどの口づけ指南について、
どうやら体験で学んだと勘違いされたようなのです。
その顔から憂鬱を晴らし、
何か意を決したように口を結びました。
十郎は黒い浴衣の襟を解かれますと、白い胸元をあらわにします。
晩夏の夜では肌寒さすら感じました。
彼は暖を求めるようにして、その胸の真中を自分の性器に押し当てました。
…性器、と言っても。
自分のそれは人間を模倣しただけの突起物であり、
感覚は腕や足を触られることと同じです。
ですが十郎は露知らず、
両手で胸を運び、谷間を作って擦り上げました。
こ、これは。
外性器を使って雄の性器を昂める哺乳類のボディーランゲージ「紅葉合わせ」です。
十郎がまさか御自ら「×■●■」をするとは思わずぁすみません母国語が……。
「あなたこそ、どこで覚えたんですか?」
自分はなるべく平然を装い、十郎に伺いました。
「…男同士でこうする場があると。昔共演した男に誘われた」
「へ〜……」
あ〜……。
「僕は行かなかった」
「断ったのですね」
「いや。彼は失踪した」
「へ〜〜そんなことが」
なんでもない、そのお方の行方は自分がよく知っていました。
十郎が汚れなかった事にほっとすると共に、
自分はまた、彼の痛ましさを思い出しました。
…かつての鞘師十郎に邪な目を向ける者は少なくありませんでした。
十郎は気づいていらっしゃいませんが、
悪意を知らない無垢な存在を、汚したいと思う者もいるのです。
憎む者もいれば、
恨む者もおりました。
自分はそんな者たちを、十郎が気づく前に遠ざけ、排除してきました。
十郎を守った気でいたのです。
それがかえって十郎を汚れのないものにしていると気が付かずに。
「……良くは、ないか?」
上目遣いに問いかけられました。
よって自分は我に返り、
十郎の体が汗ばむほどの時が経ったことを知ります。
自分の意識がよそ見をしていたことを、気にしていたようでした。
「……、」
意識の全てを向けられようと、十郎は必死になります。
不慣れながらに体を揺らし、時折荒い息を漏らしています。
十郎の筋肉は柔らかくも弾力があり、
胸の奥には雄特有の硬さがありました。
「…良いのか、良くないのか」
「可愛らしいです」
「……」
睨まれました。
「夢中になっているあなたが、とても」
「それでは意味がない。
…君の欲に響かないのであれば、……もうしない」
「とても良いです」
「……なら、そうと言って欲しい。自分ではわからない」
「すみません、頑張っているあなたを見るのが好きで」
自分の性感は器官ではなく感性の中にあるため、
すでに有り余る心地でいるのです。
唇を合わせたり、手を握り合うなど、
それだけでとっくに満たされているのですよ。
「……、」
ですが自分の返答が不満だったご様子です。
十郎は胸を離しますと姿勢を下げ、
息も整わない口に亀頭を含みました。
十郎らしからず淫らに唾液を絡めると、
先ほど自分が教えた接吻の通りに舌を動かしました。
意地を感じます。
激しく動かれますとその黒髪は散らばり、
蛍光灯の安い光であっても紺や緑に輝いて見えました。
これが映画照明を受けた時、
極光を冠していると謳われるのも納得です。
……十郎を欲しいと思う者たちを排除しながらも、
自分はいつからか、彼らに共感を覚えるようになっていました。
「!」
後ろ髪に指を通し、
十郎の頭部を抱き寄せます。
喉奥手前に垂れる突起に触れますと、
暖かった汗が瞬時に冷えていきました。
「ッ゛…!」
突っ張るように手を置かれ、
十郎は困惑の目を向けます。
「あなたの喉奥に触れたいです」
「…!!」
愛する方の、まだ触れていない場所に触れたい。
この思いは人間にとっていけないことなのでしょうか。
「いいですよね、」
わずかに抵抗が弱まったため、
自分は十郎のさらに奥へと「手」を伸ばしました。
十郎の両手はまた、押し返そうと力を強めます。
一方で喉奥からは唾液が溢れ、滑りをよくし、自分を受け入れようともしてくれています。
噛みちぎられたって痛くありません、
なのに歯だけは立てまいともがく十郎が
とてつもなく愛おしい存在に見え。優しい気持ちに至りました。
「かっ゛…ッは……!!!」
この感覚が人の射精とどう違うのかわかりません。
ただ自分は昂る気持ちを放ちました。
押し出してしまわぬように頭部を掴み、真っ直ぐ胃の中に落とします。
十郎の喉奥は熱く硬く、
下の「性器」とは違う形の狭まり方をしていました。
溺れながらも喘ぐ声は子猫のようで、
味わうように動く喉は健気でありました。
「!」
押さえる手を緩めれば、
十郎はすかさず口を離しました。
涙を乗せた目尻を震わせ、こちらをきつく見上げます。
「……っ夜美…!」
「すみません。つい」
視界から弾くように逸らされました。
物のように扱われたと思っているのでしょう。
触れたい、埋め尽くしたいという自分の愛情表現は、
どうやら十郎には堪え難かったようです……。
「あなたの酒気に当てられて、ふわふわしています」
「……」
自分もお酒のせいにしてみますが、
その目は許してくださいません。
涙を拭ってあげますが、新たに湧き出るのを見るだけでした。
悪気はもちろんありません。
「ですが好きにしていいと言ったのはあなたですよ?」
頬を包み、そのお綺麗な顔に五ヶ月前のことを思い出させます。
これも全て同意の上ではないのでしょうか。
「…からかわれるために言ったんじゃない」
「からかってなどいません。
自分なりに、どこまで本気を出していいのか測っているのです」
「……、」
「好きに愛してしまったら、また壊してしまいますから」
自分なりに、異種と異種とで噛み合える愛の形を探しているのです。
手酷いとお思いかもしれませんが、
十郎にだけは優しくしているつもりなんですよ。
……ただ以前、戸惑っている十郎も大好きだと伝えしてしまったので
信用ならないかもしれませんが。
自分は部屋の明かりを消し、
十郎から肌着をさらうと布団の代わりに敷きました。
「こちらへ来てください」
月明かりに座って、手招きいたします。
「……、」
十郎は裸に足袋だけのお姿で、
恥ずかしそうに身をかがめておりました。
唇を噛むのは震えを抑えるためでしょうか。
なぜ、口惜しそうな顔をするのか自分にはわかりません。
自分はなお手招きし、
形振りを捨てるよう求めました。
十郎は強張った表情のまま這いずり、
自分に口づけ、押し倒しました。
拙い先程のキスとは全く違う、
強引で飾らない交雑でした。
……それでこそ十郎です。自分の前では、何もお隠しにならなくて良いのです。
「どうぞお好きに」と囁やけば、
彼はすぐに性器に触れました。
真っ直ぐ勃ち上げ、自身の「性器」に納めようと腰を落とします。
…雄であれば。組み敷いた相手を支配したいと思うのが常でしょう。
けれど十郎は無抵抗な自分に対し、
もはやまさぐることすらしませんでした。
「……っ」
受け入れたいと、
一つになりたいと。
動作から十郎の思いが伝わってきます。
その思いはこの五ヶ月によって築かれたものではなく、
最初に抱かれた感情と何一つ変わっていませんでした。
…けれど。
不器用な十郎はご自分の「性器」を扱えず、
挿入に手間取っておられました。
ためらいなく指で底を広げ、あられもなく何度も腰を落とします。
十郎の体は当てどなく上気し、
その目に涙を浮かべていました。
「入れてくれっ……」
「焦らしているつもりですか?」
「……入れて欲しい」
十郎は上体をすらりと伸ばし。
ご自分の「性器」を亀頭に押し付けたまま、物欲しそうに腰を回しました。
「……夜美っ……」
「性器」の入り口は柔と剛を繰り返し、ひくひくと痙攣しています。
そのようにせつない姿で涙され、
屈さずにいられましょうか。
震える腰に、優しく手を添えました。
「かつてのヒーローがこのような本性であることを、みなさんはどう思うでしょうね」
「…、……」
「頼れるみんなのリーダーが、
棒一本入れられず、持て余し、泣きそうになっているだなんて」
下ろす手に力を込めれば、
体内は開かれ、じわじわと飲み込んで行きました。
それはそれは嘘のように素直に、利口に。
わざとねだっていたのではと疑うほどです。
「ぁ、……!」
「…ねぇ十郎。可愛そうなあなただから、愛してしまったんです」
浅ましい体に呆れつつ。それより可愛いと感じる自分がおりました。
亀頭が納まったところで手を離せば、
十郎は力尽きたようにへたり込みました。
一息に根元まで飲み込んで、一瞬気を飛ばしたようです。
うなだれた十郎の体を、甘やかすつもりで撫でました。
「次はご自分で入れられるようになりましょうね」
うなづかれます。
「そのために、ご自分の「性器」の位置をちゃんと覚えることです」
「……、…」
「わかりましたか?」
「わかっ、た」
「でしたらもっと、自身に示しをつけてください」
「……、」
どこを打たれたら気持ち良いのか。
どこをえぐられたら喜ばしいのか。
体を作り替える上で、快感という原始的な反応は重要ですから。
十郎は膝から下を床につけ、太腿の屈伸で体を上下に動かしました。
深い場所に亀頭を嵌めると、短い感覚で何度も揺らします。
体液を漏らせばお互いの体温が混ざり合い、
本当に一つに繋がったように思われました。
……十郎はキスも挿入も手繋ぎも拙くあるのに。
腰を振るお姿だけは娼婦の艶かしさがありました。
「夜美っ……」
「はい」
「……夜美、…っ…」
なのに呼ぶ声は幼さすら感じられ、
十郎が傾国の人であることを強く実感するのでした。
…何人の悪人たちがこの体を夢見たのでしょう。
そう思うと、自分はもっと味わうべきなのかもしれません。
「くっ、ぁ…!!」
真円を連ねた形に性器を変形させました。
十郎は体内の異変に驚き腰を浮かし、
その形状に怯えたようでした。
「…!」
真円は卵ほどの大きさで、
日頃より大きな物をいだいている十郎には
さほど苦しくないはずです。
正気を疑うような、自分にしては心外な目つきを向けられながら。
十郎は徐々に律動を再開しました。
数珠状であることで摩擦面が多くなり、
自分はより触れ合っていると感じられるのです。
…十郎もお気に召してくださったようでよかった。
夢中になって腰を振るお姿は、水音で遊ぶようです。
口はだらしなく開かれ自分の名を呼び続けます。
自分はそれに「はい」と、うなづき続けるのでした。
…十郎を愛しいと感じます。
ですがこれは差し出した小指をきつく縛られることと同じなのです。
一緒に狂えない寂しさ、
十郎の全てを受け止めてあげられる喜び、
その食い違った二つの気持ちにいつも胸は締め付けられるのでした。
「!」
自分は上体を起こしました。
顔を近づければ一定の距離を保って反られ、
恥ずかしそうに火照られます。
胸板に右手を這わせ、
乳頭をくすぐればまた甘い声を聞かせてくれます。
そろそろイかせて差し上げたくて、
十郎の乳腺に「指」を埋めました。
「!!!」
細い腺を潜り、内側に玉を作ってひっかけ。引っ張ります。
十郎は逃れようと嫌がりますが、
両手両足を引き止め。乳首へ一定の愛撫を続けました。
「ここでも感じるようになりましたね」
「っ……!」
…散々卑しいことを許しておいて、
胸だけは嫌だと恐れる理由がわかりません。
どこの何を砦にしているのか、理解できませんが…。
「気持ちいいなら、そう言って下らないと。
…自分だけ黙るのは、ずるいですよ」
「ッく……ぁ゛!!」
腰元を動かさず、十郎の中で男性器の伸縮を繰り返しました。
人外のペースで亀頭を動かされ、えぐられ。
十郎は放心したお顔で自分を見つめていました。
「……っ触って、欲しい……!」
「駄目です」
十郎に元ある男性器は張り詰めたまま、だらしなく揺れています。
もうどこにも繋がる予定のない、ただの飾りです。
「…!!」
「中だけでいけるようになりましょうね」
乳頭から指を抜き、芯に触れないよう乳輪をくすぐります。
寂しそうな男性器の根には黒いリボンを差し上げて、
快楽をため込み、美しくなっていく十郎を眺めていました。
「今、どんな形をしているかわかりますか」
「っ……!」
「あなたの生殖器と同じ形ですよ」
「やめてくれっ……」
「ですがあなたの体躯には、これがちょうどいいみたいなんです」
「…君の、形がいいっ…」
「……、」
…まだそんなことを。
「本当の君が……っ」
「今日はたくさん、嬉しいことを言ってくれますね」
「……っ」
本当の自分と本当の十郎のままでは愛し合えないことを、
わかっていらっしゃるくせに。
「ですがあまり乗せないでください。
うっかりその通りにしたら、あなたのお腹が裂けてしまいます」
「君が良いなら、なんだって……」
「……また無責任なことを」
「っ死んでも、いい…」
そのうわ言に自分は酷く落胆しました。
十郎を壊さぬようこんなにも愛を学び、
こんなにも愛を躊躇っているというのに。
死を恐れている自分に対して、
そのようなご冗談を言うなんて。
「本当に?」
…二心がなければ、殺してしまってもいいんですね。
自分は体位を変え、十郎を組み敷きました。
早急に押し倒されたことに、仰天していらっしゃるご様子です。
「……何の、真似だ、」
自分は幼いの姿に変化し、十郎の足を割っておりました。
十郎の手がなければ歩けなかったあの頃の…、
初めて十郎に手を差し伸べられたあの頃の姿を模したのです。
閉じようとする太ももを開き、
狼狽する十郎に笑みを向けました。
「何を、」
「あまりにも愚かなので、反省していただこうと」
「……っ!?」
しとどに濡れた体の底へ、自分は突起を挿入しました。
突起は未熟で、男性器と呼べるほどに発達していません。
十郎は何が行われているのかわからず、
一方的なピストンをただ眺めるのみでした。
「夜、美……!?」
ですが揺さぶられるにつれ。
無意識に熱い息を漏らすにつれ。
自分自身が下等な存在に犯されていると、気がついたようです。
途端に声を荒げ、抵抗を見せました。
「ッやめて、くれ…!!」
「お仕置きですから」
「っ夜美!!!」
「…弱いと思っていた存在に、種付けされる気分はどうですか?」
「……!」
「一方的に腰を振られるのは、気味が悪いでしょう?」
「あっ……っ……!」
「あなたの好意に気づいた時の、自分の最初の気持ちですよ」
十郎が他種である自分を求めるのは、寂しさが理由だと思っていました。
ヒーローのぬいぐるみを抱く子供と同じように、
無口な自分を代用しているのだと。
けれど十郎が何よりもこの自分を優先するようになり、
それが人間的な好意だと気がついた時、
自分は吐き気を感じたものです。
……なぜって。異種の恋とは禁忌でありますから。
「収縮が激しくなりました」
「ふっ……っ゛!」
十郎の「性器」は良き場所へ導こうと突起を吸い上げます。
仰け反り、腕で目元を隠し。泣いておられるようです。
「射精を促されています」
「言わないでっ、くれ……!」
「意地悪じゃありません。……嬉しいのです」
「!」
「…この自分に犯されるのなら、どんな姿だっていいのですね」
「……!」
「なんてひたむきなのでしょうか」
突起を抜き、乾く前に突き上げる。
その繰り返しの影絵を十郎は心憂い様子で眺めておりました。
……いっそ十郎を死なせれば
こんなことにはならなかったでしょう。
しかし無力な期間はあまりに長く。
その間にも自分は、この命に情を注いでしまったのです。
……こんな自分の姿を同胞が見たのならどう思うでしょう。
快楽伝達を主とする劣等種に、愛を教わった気になっているだなんて。
「隠さないで、顔を見せてください」
「よ、み……っ!」
「ねぇ十郎、」
誰に罵られ引き裂かれようとしても、
自分は十郎から逃れられる気がしないのです。
あなたを愛しすることで、あなたを失う罰が待っているとわかっていても。
…あとには戻れそうもないのです。
外でもない、あなたのせいなのですよ。
「っ見られたく……、ない…」
「見たいです」
「……!…っ」
「可愛いあなたが」
腰を引き寄せ、突き上げる速度を早めます。
十郎は両手で静止を求めますが、
可愛いお顔を見せてくださるだけでした。
「ぐ、っ゛、ッ゛……! 」
両腕に寄せられた胸が、突かれるままに弾みます。
その逞しく豊かなお姿を見て自分は少し思い直しました。
…万が一同胞がやってくるようなことがあったら、
自分を蔑むどころか
この可愛らしい十郎の取り合いになってしまうかもしれないと。
「ッくっ……、はぁッ……!」
男性器を結んでいた糸をはち切り、白い軌道をこぼされました。
動きを止めずに突き続ければ、揺られるままに熱を撒き散らします。
「っ、止めろ、……っ止めっ、たまえ……!」
自分は、十郎がずっと欲しがっていた笑顔を向けました。
「もうっ……い゛けな、い……!」
末端から急成長させ、24、5の齢へと戻します。
「!」
どうやら亀頭がお好きな位置をえぐったようで…。
「ッ!!!」
甲高いお声を上げて、腰を浮かしました。
…自分は基礎的に、気をやるような絶頂はありません。
だからこそ、未知の感覚に高ぶり、受容しようという十郎が愛おしく。
その気持ちが自分に重い重い体液を吐かせました。
これは人の精液とは違い、
体細胞を溶かした血液のようなものです。
十郎の中に特別濃く熱い自分自身を、塗り込んだのでした。
……ゆっくりと、性器を引き抜きます。
十郎は力尽きながらも、とろけた目線で自分を見つめていました。
これだけのことを強いたというのに、
まだ自分に愛されたいとでもいうようなのです。
……人間には限度がありますから、今夜はこれで終わりにしましょう。
荒い呼吸に上下する胸に寝そべり、自分は十郎の頭を撫でました。
溺れながらも自分を求めてくださった十郎に
ご褒美をあげたくなったのです。
「よちよち」
刹那。
空気が冷えるのがわかりました。
その目はとろけたままであるのに光を失い、
代わりに殺意を浮かべていました。
「あぁ失礼しました。よしよし」
むしろこれほどの殺気を発せられるとは、
いまだ頼もしい限りです。
ひりつく感覚を久々に浴び、なんというか、
電気風呂に浸かったような心地がいたしました。
十郎は愛想を尽かしたのか、くらりと天井を向かれます。
その髪や耳や頬を愛でつつ、
その鼻や額や顎に口づけを落とします。
けれどなかなか、表情の強張りを解いてくださいません。
「頑張りましたね。十郎。愛してます」
「……」
「十郎も言ってください」
「……」
「どうして返事をくれないのですか…?」
あれだけ愛を示してくださったのに……。
「…言ったところで君は信じてくれないだろう」
低く口早に吐かれます。
どうやら自分、怒られているようです。
「今は素直に聞きたい気分なのです」
「……」
まだ触れていなかった唇に、
自分は唇の先をぶつけました。
「聞かせてください」
「…風呂に入りたい」
「駄目です。一緒に眠りましょう」
「…先に寝たらいいだろう」
「寂しいことを言いますね……?
ドーパミンが低下したくらいで冷たくしないでください…」
これだから人間の射精は嫌なんです……。
あれほど乱れてくださったのに、選択を誤ればすぐにこの通り不機嫌です。
「十郎」
お返事くださいと、何度も唇を押し当てます。
……欲なのか愛なのか教えてくださらないと、
自分は不安で夜も眠れません。
「……」
すると根負けしたように、
ため息をつきながらも抱きしめてくださいました。
自分はこの瞬間こそ一番に、心が昂るのを感じました。
「…愛しています。愛しいです。大好きです」
「……」
「ご一緒願います」
地獄の果てまで。
と、時代劇の名言は続きます。
「…。……愛している。愛しい。大好きだ」
「じゅろ〜」
十郎はなお白けた顔でいらっしゃいます。
可愛いと思われるのは不本意なのでしょうが、
自分にとっては伊達と思うより上位の感情なのです。
なので自分も、できれば十郎に……。
「!」
十郎は億劫そうに、
自分を抱きしめたまま立ち上がりました。
そうして先ほどご用意しました布団の上に、
自分を横たえてくれました。
自身も横になりますと、まぶたを閉じて入眠されました。
眉間に深いシワを寄せ厳格ぶったご様子です。
本当はもっとからかってあげたかったのですが……。
恋人でいうところの、「いちゃいちゃ」なるものをしてみたかったのですが……。
ですがですが……。
十郎に「可愛い」と思っていただきたいため、
抱き寄せられるまま、納まっておりました。
★
戸の向こうが白み始めます。
朝方の虫が鳴き始め、自分は布団の内で目覚めました。
「どこにも行かないでくださいね」
ぽつり。
いつかあなたにかけられた言葉を、自分は発します。
「行かない」
はっきり。
十郎はご反応くださいました。
「眠らないでください」
もう少しお話がしたいです。
「君が眠るまで、眠らない」
本当ですか。
「僕が君に嘘をついたことがあったか」
本当に、青い花になってくれますか。
「なる」
人は花になれないんです。
異種の蝉が交雑することもありえないのです。
「僕が本当にしてみせる」
その言葉をかすがいとして。
これから降る孤独の星霜を、
生きていけるような気がします。
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