top of page

…この世には2種類のホテルがあることを、君は知っているか。
「ラブ」がつくものとつかないもの。
直訳して「愛」があるかないか。
Y字路の迷い道に立たされた時
人は無意識に字数の多い看板を選ぶ。
情報を取捨し危険を回避する力は最大の護身だ。
たがことラブホテルに関しては留まっていただきたい。
「愛」という付加的要素があるからといって易々と選んではいけない。
ではラブのつかないホテルを選べばいいか?
それも違う。

男ならばY字路を引き返し、
マイホームを買うんだ。

この世には2種類のホームがあることを君に知っていて欲しい。
「スイート」がつくものとつかないもの。
直訳して「愛」があるかないか。
選ぶべきはスイートホームだ。
いいかスイートホームだ。
僕が選んだのももちろん、八雲立つスイートホームだ。
忘れてくれるな。家も作れない男に家庭を守れるはずがないってことを。

「そんなにラブホテルが嫌い?」

……僕はゆっくりと目を開けた。
ハンドルを握って伏したまま、ずっと動けずこうしている。
それから少し遅れて、一色の言葉に頷いた。
「…大嫌いだ」
ここは渋谷・道玄坂上。ラブホテルの地下駐車場。
すでに車庫入れして数十分が経過している。
助手席の男はとうにシートベルトを外し、
もう何度目か、足を組み替えた。
「大嫌いだッ…」
「二回も言う」
やむなくラブホテルへ来たのは今日が初めてではない。
五日市の某ラブホテルをこれまで三度利用した。
…広いベッドが肌に合い、それなりに、僕なりに、悪くなかったんだ。
だが三度目の朝、チェックアウトに来た僕にフロントマンは信じられない一言を放った。
「いつもありがとうございます」と言ったんだ。
他ならぬ僕を認知する発言、
行きつけのパン屋ですらその一言で亀裂が入るというのに、
人がナニをするラブホテルで、フロントマンは元気いっぱいにそう言ったんだ。
「今思い出してもありえねぇ〜……」
「あなたが可愛くて、つい声をかけちゃったのかも」
そういえばいつも仕切りのカーテンを全開にし、身を乗り出していたな……。
「彼は新人だったのよ」
「仮に今度のフロントマンが賢明だったとしよう。
 しかし利口だからこそ思うだろう。
 こんな異常事態でもお前らはヤるのかって!!」
僕なら必ずそう思う。
そしてそうと思われたと思うだけで気が遠くなる。
つまりは今…。
「……誰にも会いたくない」
僕は口早にそう言った。
すると今度の選択肢は「野営」か「徹夜」のどちらかになる。
家には戻れない一方通行。
字数も画数も同じY字路の看板を前に、一体僕はどうしたら……。

「ラブホテルって2種類あるのよ」

…2種類。
それは僕の知識欲を刺激する語法だった。
心の補助ブレーキを踏まれた僕は、おずおずと顔を起こした。
「ガレージがあるかないか。
 あたしたちが今いるのはどこ? ガレージでしょ?」
直訳して、車庫。
「モーテルタイプのホテルはフロントに顔を出さなくていいの」
もーてるたいぷ。
「そこの階段を登ればお部屋に向かえるわ。ちなみに自動精算よ」
じどうせいさん。
「……。…ンでンなこと知ってンだ」
「さぁ、どうしてでしょう」
僕はハンドルに横顔を乗せ、一色をじとりと見つめた。
ここに来て初めて目が合う。
いつからか一色は楽しそうに僕を見つめていた。
…いや。最初からに違いない。
僕の葛藤を眺めて楽しんでやがるんだ。
「お部屋選びは停める場所で決めるの。
 高いところに停めてくれたから、知っているのかと思った」
「…知るわけないだろ」
「きっといい部屋よ」
一色は足を揃えて車を降りる。
長い尻尾は閉まるドアを綺麗にすり抜けて行った。
さっき生えたその尾と耳を、もう自分のものにしてやがる。
僕はというと自分の声量すら操りきれていない。

観念して車を降りる。
一色の足裏は、ひたひたと階段を登っていく。
僕がついて来るのを見越した振り返りもしない背が憎たらしい。
……ここが五日市とは違う様式だということはわかった。
不安は解消されたというのに、
先を行く一色にまた一つ不満を抱いてしまった。


階段を抜けた先はホテルの廊下だった。
冷房機の低音がわずかに床を揺らしているのみで、
それ以外はない無音。
一色は慣れた足取りで進む。
追いかけるスリッパの足音が幼く、恥ずかしく思えた。

「羽蘭たち、今頃チャイムを鳴らしているわ」
「気の毒だな」
「あなたが言うと嫌味に聞こえる、」
「嫌味だ。同情するわけないだろ」
あいつが馬鹿なことさえを考えなければ、
何も気づかず、眠っていられたんだ。
「……、」
「せめてあなたの写真を撮っておきたかったわ」
「夢にしておくんだろ」
「そうだったわね」
一色の尾は長く、カーブを描いて跳ねている。
歩みに合わせて揺れる尾は、苦を感じていない心の現れだ。
それがふいに翻り、
一色は柔らかい笑顔を振り返らせた。
開かれたドアの先は薄暗い。
…どうやらここが、今夜僕たちの住処になるらしい。
立ち止まっていたのは僕も同じだった。
緊張していると侮られないよう足早に、一色の横をすり抜けた。


部屋は緑の照明が使われていた。
下から上へと照らしているが、天井の暗がりまでは届かない。
中央には天蓋をつけた丸型のベッドがあり、
シーツの揺らぎは薔薇の花弁を模すようだ。
南国を表現したいのだろう、
だが耳の生えた演者のせいで下品なまでに密林だ。
僕はしらけた顔でまたもや立ちすくんだ。
「……!」
一色が扉を閉める。
防音故か重たい施錠音が鳴り、僕の体は思わず跳ねた。
……悟られないよう、悟られないように。
こんなことでいちいち驚いていると、思われないように…。
「おいッ!」
そんな僕の肩を一色は背後から抱きしめた。
大声を出してしまい耳が自滅する。
一色はうつむいた僕の髪を唇でかき分け、耳の根に触れた。
「このお部屋でシていい?」
「……!」
低音の吐息と高体温に触れられ、体が強張る。
「他の部屋にする?」
「どこでもいい……っ」
「だって史郎、ベッドにこだわりあるみたいなんだもの」
「…こだわりじゃねぇ」
二人で寝やすいように、僕は親切のつもりで大きい物を……。
「巣作りに凝るなんて、史郎って本当にウサギさんね」
「ど、動物図鑑で僕を語るな……!」
ウサギが「凝ってます」なんて言ったかよ。
動物図鑑は人間の好奇心と感情バイアスによって作られた
不確かな書物でなんだ……って。
どうして僕はウサギの弁護なんかしてんだ。
「…!!」
肩を抱いていた右腕がなだらかに降りていく。
シャツの上から胸に触れると、
心臓に近いそこを親指で転がした。
「じゃあ、シちゃうわね」
こんなセリフは大嫌いなはずなのに。
「こっちを見て」
「……、」
一色に頼まれると、体が抵抗できなくなってしまう。
言われるがまま顔を横に向け、
一文字の口を差し出した。
「っん…、」
優しくこじ開けられる。
優しく、愛撫される。
…いつもより強く濃く、一色の匂いを感じる。
獣だかなんだかになったせいだろう、
胸は高鳴り呼吸が乱れていく。
口づけにだって準備がいる、
なのに今日は良きせぬ事態を言い訳に、
知られたくなかった姿を曝け出してしまっていた。
……ずっと胸の奥が苦しいのは。
一色にとってこういった場所が初めてではないと、わかってしまったからだ。
「……、…?」
唇を離される。
爪先立ちになってまで食いつこうも、軽々とかすめられる。
「自分でボタンを外して」
そうしなければ、口づけの続きをしてくれないという。
…僕はかじかむ指で前ボタンを全て開き。もう一度その目を見上げた。
「早く、しろよ」
「……、」
余裕のない微笑がそこにあった。
「!」
足元がもつれ、壁に押しつけられる。
貪る口づけに何度も息の根を止められる。
……砕けそうになる腰を抱かれ、かろうじて立たされながら。
動物が馬鹿になる理由を身をもって理解した。
…こんな感度の聴覚、持て余して当たり前だ。
このままじゃ、戻れなくなる。
「……っ、」
僕は力を振り絞り、一色の胸を押し返した。

k1.jpg

…つもりが。数センチの間合いしか作れない。
それでも僕は短い距離で睨みを効かせた。
「これ以上……っしないからな」
……悟られないよう、悟られないように。
「キスだけだ」
本当はずっと、頭ン中のほとんどが、一色に犯される妄想をしているなんてこと。
「試させろ…」
一色の首に腕を回し、唇を開くよう息を吹きかけた。
「キスだけで我慢できたら……僕の理性の、勝ちだ」
「そう」
「僕が、ちゃんと理性でお前を…ぁっ…、……ん!」
「おかしな人ね」
再び与えられたキスで、一瞬にして頭がふやけた。
大きな舌は逃げる僕の舌を押さえつけ、
吐息を流し込む。
…性欲と食欲の間のような行為に、陶酔感と恐怖心がない交ぜになる。
それでもこんなキスをねだっているのは、僕の方だった。
背けようとされるたび首を引き寄せて。
舌を噛んで引き止める。
「逃げるな……、」
「心外ね」
「ん……っ、」
これってちゃんと勝負になっているか……?
うまく頭が回らないが、多分、なっているはずだ。
シなければセーフ。
我慢できれば、勝ちなんだ。
本能でなく理性でお前を愛しているんだと証明できればいい。
お前に伝わればそれでいいんだ。
「すきだ。すきだぞ」
「……、」
「……好き……」
だから求めたりなんか…。
「!!!」
両胸の先を強く絞られ、引っ張られる。
鋭い刺激にかかとが浮いた。
僕の甲高い吐息を余さず顔に受けて、一色は笑んでいた。
「っ……、ば、かっ…」
右手は僕の左を。左手は僕の右を。
人差し指の節と親指の腹で、胸の先を転がす。
胸に与えられる規則的な甘さと口づけの不規則な苦さに、
僕は足元を濡らしていた。
「…シちゃだめ?」
「だめ…っ…だ……」
「ずっとエッチな妄想してるでしょう」
「……してねぇよ」
……悟られないよう、悟られないように。
「匂いでバレバレよ」
「!」
「いつもより鼻が効くみたい」
「ち、違……っ」
両手が降りて僕の腰を這う。
ズボンの中に滑り込ませると、指が食い込むほどきつく尻を掴まれた。
じわじわと、互い違いに揉みしだかれる。
「…、……!」
「甘い匂い」
「っまた、嘘…」
「いいえ。……あたしがいなかったら、
 匂いを嗅ぎつけた他の男たちに食べられちゃってたかも」
「は……、」
「史郎はおちんちんが大好きだから。何本あっても困らないわね」
「……〜」
「あら涙目」
「僕がお前以外とするわけねぇだろ……!」
「ウサギのあなたは決められる立場にないのよ?」
無力と罵られた怒りから、
僕は本気で胸ぐらを掴んだ。
「!」
「お前も、証明しろ……」
「何を?」
「理性で僕を、愛してい」
ると。
「ッ!!?」
「愛してるわ」
「指入れるなぁッ!!」
意地悪にしては深いところを激しく擦られる。
硬い胸板と肩に押しつぶされ、
抵抗しようもなく天井を仰がされた。
「あっ…!」
「あなたの好きなところ、指じゃ届かないみたい」
「…ばっ…、…か……やろ……!」
上下する指が。
「いっ、しき…!」
理性の内側にヒビを入れる。
「…早く楽にしてあげたいの」
「!」
「苦しいでしょ」
僕の悔し涙を、一色は唇で拭った。


体を抱き抱えられ、乱暴にベッドに落とされる。
暴れる野生動物を扱うのと同じように、
やむを得ないとでもいうように。
「……!」
僕に跨ると、そのネグリジェを脱ぎ捨てた。
背を向ければ逃げ腰のズボンを引き下ろされる。
ズボンは膝下で絡まり、僕は伸されたウサギのように這いつくばった。
一色の視線を感じた僕の尻尾は膨らみ。ぴくんと上を向く。
丸い尻尾に天地もないと思うだろうが、
確かに、勝手に、体はそう動いたんだ。
「!」
艶やかに張り詰めた先端が、僕の体の底に触れる。
ずっと「待ち望んでいた」感覚に尾が逆立つ。
「したくないっ……!」
「…すぐ終わるわ」
「入っ………て、…!」
じっくりと、一色の物で広げられる。
いつもは聞こえないその音が、僕を羞恥で殺そうとする。
体温が上がっていき、
早急な射精を促そうとうねる。
短時間の交尾が草食動物の本能なんだろう、
だが相手は…。
「ぃっ……!」
一色はそうして僕の具合を確かめると、
半ばから一気に突き上げた。
「あっ…ぁっ! ……ッ…!」
体を打たれ、全身が波打つ。
逃れようとしても力が入らず、無駄に息を荒げるだけだ。
「尻尾触るなァッ!!!」
「ごめんなさい。猫科のサガみたい」
「ん……っ!!」
理性の檻を揺さぶるように、
ベッドのスプリングが淫らに軋む。

k2.jpg

…明確にわかった。
僕は一色が嫌いだ。
「ぅうううぅ〜…!」
「……?」
「キスだけだってっ……言ったのにぃ……!」
「俳句みたい」
「辞世の俳句だっ…」
「史郎は頭がいいのね」
その頭はもうずっと、お前のことしか考えらんなくなってんだよ。
「!」
律動が激しくなる。
ゆるさねぇと久しぶりに叫んだつもりが、
口も回らず喘ぎに変わる。
「ば…か……!」
「……、」
「馬鹿……っ馬鹿…!」
首の真後ろを唇を落とされる。
突き上げる力とは裏腹の、優しいキスに絆されそうになる。
僕が意を決して誘っても気づかねぇふりするくせに。
挿入だって、たまにしかしてくれねぇくせに。
なんでこんな時だけ……。
「…全部あなたのためよ」
「!!!」
口づけた場所に、強く、牙を突き立てた。
合図を受けたように電流が背骨を走り、爪先から抜ける。
体はまた勝手に引き締まり、
一色の熱を奥の奥まで引き込んだ。
「〜…!」
「…っ……、」
とくとくと。
体内に出される音が、否応にも字形となってまぶたに浮かぶ。
僕は馬鹿な耳を握りしめ、ベッドに伏せて涙を飲んだ。
……引き抜かれる。
僕の腰はその動作に合わせて上向きに反り、精子を余さない体勢のまま固まった。
浅ましい本能に嫌気が差す。
僕はどうにでもなれと横向きになった。
「ちょっとは楽になった?」
「……」
前部はまだ熱いままだ。
慌てて膝を抱えれば、無様な姿を一色は笑った。
……とっくに出しているというのに、なんで治らないんだ。
「こっちを見て」
「…うるさい」
「あたしが悪者に見える?」
「……」
一色は穏やかな笑顔で僕を見下ろしていた。
こんな真夏の夜の悪夢の中で、
こいつだけは声音も言葉遣いも何もかも、
いつもと変わっていないんだ。
「本能ってそんなに悪いものかしら」
「……、」
「いつも本能であなたを愛しているのだけど」
素面でいられる一色に、僕は急に悔しくなった。
一色は僕に覆いかぶさると、
なんでもない口づけを頬や肩に落としていく。
僕はその腕の中で寝返りをうち、無防備な背中を見せる。
するとあっけにとられたような顔をしやがった。
「お前の本能もその程度かよ……」
「!」
「全然、満足できねぇんだが?」
「あら……」
丸い尻尾をできるだけ揺らす。
……猫科ならご褒美なんだろ、さっさと食いつけよ。
「……動物図鑑、ちゃんと読んだ?」
「読んでねぇ。あれは客の暇つぶし用だ」
撮りたくないと駄々をこねる子供もいたからな、
気晴らし用に一通りの図鑑は揃えてある。
「虎って1日に50回以上交尾するのよ」
「…は、」
「動物図鑑の知識。今日で色々塗り変えちゃいそうね」
一色は喉の奥を鳴らして笑う。
それが冗談だろうがなかろうが、
だからなんだと強気に思う僕がいた。

 

女性向け同人ゲームサークル・ADELTA

絵・シナリオ/くろさわ凛子 

Email:kurosawarinko@adeltaz1.com

Twitter : adelta_z1

公式HP : http://adeltaz1.wixsite.com/adeltaz1

サークルロゴ【ADELTA】.png
  • ホワイトTwitterのアイコン
  • ホワイトTumblrのアイコン

Copyright © 2020 ADELTA All Rights Reserved.

bottom of page